酔いどれ音楽&読書日記―一人の愛好家の独白

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zoom RSS ユッカ=ペッカ・サラステ指揮 レイ・チェン(Vn) 新日本フィルハーモニー交響楽団 2/4

<<   作成日時 : 2017/02/04 17:41   >>

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土曜の午後からこんな超名演が聴けるのだから、幸せである。ポピュラーな名曲2曲が並んだプログラムだが、とりわけチャイコフスキーは信じられない熱量の大名演で、魂が震えた。チャイコフスキーの絶望が肉薄してくる。厭世観がむせ返る。聴いているだけで苦しくて仕方がなくなる。超絶的な熱演だった。新日本フィルも上手い。

【前半】
・メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調
(独奏: レイ・チェン)
【後半】
・チャイコフスキー:交響曲第4番 へ短調

先日、ベルとハーディングというコンビで実演で聴いたばかりのメンデルスゾーンのコンチェルト。きょうはそのハーディングと同曲のCDも出している、レイ・チェンの独奏だ。まだ20代後半の若手、エリザーベト王妃コンクールの覇者だ。このヴァイオリニスト、なかなかの美音を奏でる。甘ったるい感じではなく、さっぱりとした甘さで品がいい。テンポの緩急もそれなりにつけるが、あまり踏み外さない。

ベテラン・サラステの指揮はさすがに手慣れており、もともとヴァイオリンの弾き手だけあって合わせるのが極めて巧い。オーケストラの畳み掛け方のツボを押さえていて、心地よい。

ただ、演奏全体は、やや想像の範囲内に収まった。深々とした低音や軽やかな高音など、部分部分、レイ・チェンの音色にはハッとさせられる。終楽章の煽りなどにはそれなりに手に汗握る。ただ、ベルの実演で感じた当意即妙な即興味などは乏しく、コンチェルトの味わい深さにはやや欠けたかもしれない。

アンコールでパガニーニのカプリースとバッハのガヴォットを弾き、両者すばらしかったが、特に後者は秀逸だった。バッハの純音楽を美音で堪能させてくれたからだ。先日チョン・キョンファのバッハを聴いて以来、バッハのソナタとパルティータを集中的に聴いているのだが、この音楽の醍醐味は、「徹底的に奏者を味わい尽くせる演奏」か、「徹底的にバッハを味わい尽くせる演奏」かのどちらかに尽きると感じている。レイ・チェンは後者だ。変なクセや色が付いていないから、バッハの澄み切った音楽が生きる。一方、チョン・キョンファは徹底的に前者だ。CDを聴いても、恐ろしいほど「チョン・キョンファ」が凝縮されている。このスタイルのもう一人の最右翼がシゲティだ。

レイ・チェンは秋にバッハを弾きに来るそうだが、タイミングが合ったら行ってみようと思う。いまはさしあたり美音を奏でる健康優良児という印象が強い。今後深みをどう増すかが楽しみだ。

後半のチャイコフスキーは、言語を絶するぐらい素晴らしかった。自分この曲の聴き方が変わった気がした。1階席10列目、舞台のど真ん前の席に座ったので、「ちょっと近すぎるかな」と案じていたのだが、舞台の上から火の玉のようなサウンドが押し寄せてきて、チャイコフスキーの奔流のような音楽に押し流され、魂がさらわれた。

第1楽章からサラステの指揮は微妙なニュアンスまで抜群にコントロールする。指揮は技巧的には不器用だが、音楽的ニュアンスが明瞭。派手さはなく、完全に職人気質(容貌も宮崎駿風)だが、音楽の設計が完全に身体に染み付いている。完全暗譜で振り通したが、身体の奥底から湧き上がってくる楽曲のイメージを、そのまま表象したかなようなユニークな指揮スタイルだ。時に歌舞伎役者ばりの大見得を切り、これまた決まってサマになる。

テンポの基本設計はやや遅めなのだが、何より素晴らしいのは、弦に死ぬほど歌わせることだ。チャイコフスキーのスコアをみると、クレッシェンドやディミヌエンドなど、病的なまでの表情記号の多さに圧倒される。この辺にチャイコフスキーの闇の深さを垣間見るが、サラステは、この繊細極まりない表情記号のニュアンスを、オケ(とりわけ弦)からベストな形で引き出す。弦が音楽の基軸を織りなし、そこにベストなタイミング、ベストなダイナミクスで管打を一体化させ、交響的な立体感を組み立てていく。まさしく、音楽職人そのものだ。

そしてサラステは、「音を引き出す」のが抜群に上手い。それぞれの楽器が、それぞれ好きなように弾いたり吹いたり叩いたりしているようでいて、生み出される音楽は、恐ろしく均整がとれている。音量的には存分にボリューミーで、音圧に吹き飛ばされそうになるのだが、音楽は決してグチャグチャしない。こういう指揮者が一番好きだ。こういう指揮者こそ一流だ、と思う。実演で接した中ではシャイーが典型で、サロネンもそうだ。ヤンソンスや小澤もそうかもしれない。そして、きょうそこにサラステも加わった。派手さがないシブい存在と見なされがちだが(自分もそう思っていた)、とてつもない音楽職人だ。

第2楽章はやや即物的なテンポだったが、相変わらず弦はむせび泣くようで心に沁みた。第3楽章のピツィカートも躍動し、終楽章は遅めのテンポの中からマグマのような熱量が溢れ出す。

この曲をチャイコフスキーが書いたのは37歳から38歳の時、人生の大きな転換期だったそうだ。熱烈なファンレターを送ってきた女性と形だけの結婚をし、すぐ別居、フォン・メック夫人の資金援助を得て、スイスやイタリアで「修行」の名の下の逃避行をおこなっていた。

きょうの演奏を聴いていると、そんなチャイコフスキーの肉声が聴こえてきた。絶望の合間に時たま淡い希望がのぞく第1楽章は、望まぬ結婚生活に打ちひしがれ逃避行に出たガラスのハートの大作曲家の赤裸々なモノローグ、第2楽章は、先の見えない逃避行の途上、故郷にふと思いをはせる望郷の歌、第3楽章は気を紛らわせるためワインやウォッカに走ったうつ状態のうわごと、そしてフィナーレは心身にむち打って自らに奮起を促し空元気をフル回転させようとする自暴自棄の心境…チャイコフスキーはなんと不器用な人間なのだろう、どれだけ思いつめていたのだろう、どれだけ苦しんでいたのだろう…そんな思いに駆られながら、あっという間に全曲を聴き通した。サラステの演奏にはこんなに壮大な物語が描き出されていたのだ。サラステは恐ろしい指揮者だ。

ところでこのコンサート、こんなビッグネームが2人揃って出演するのに、なんと最高席で4500円だ。開演前にはロビーコンサート、終演後にはオケのアンコールまであり(シベリウスの『悲しきワルツ』で、静謐な弦の音色がすばらしかった)、レイ・チェンとサラステ揃ってのサイン会まで用意されている。なんと素晴らしいサービスなのだろう。新日本フィルを心の底から応援したいと思う。そして、こういう文化が根付いていくと、暮らしはどれほど豊かになるだろう。

新日本フィルはオケとしても(言うまでもないが)抜群にうまく、こんな演奏をするくらいなのだから、経験豊かな人が多いのだろう。とても人間的なオーケストラだと感じた。若手が比較的に多い気もしたが、気のせいだろうか。とにかくほとばしるエネルギーがすばらしい。

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