酔いどれ音楽&読書日記―一人の愛好家の独白

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zoom RSS クシシュトフ・ウルバンスキ指揮 NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団 3/15

<<   作成日時 : 2017/03/15 22:48   >>

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昨日のエリシュカとは全く正反対の、新世代の驚異的な才能と遭遇し、大いに衝撃を受けた。以前からウルバンスキの名前はちょくちょく見かけていたが、こんな名門オケの日本ツアーを振るような指揮者であるとは知らなかった。そして、今日の演奏を聴いて、「こりゃあすごい才能やわ」と恐れ入った次第である。ピアノのアリス・紗良・オットも素晴らしかった。大阪、フェスティバルホールにて。平日晩、本日も大入りである。このコンビの今回のツアーの千秋楽。

【前半】
・ベートーヴェン 序曲『レオノーレ第3番
・ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番 ハ短調
【後半】
・リヒャルト・シュトラウス 交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』

若手指揮者が組むプログラムにしては、かなり大胆で、シンプルである。相当な自信がないと、こんなプログラムで勝負はかけられない。大阪的感覚で言えば、前半に『ツァラトゥストラ』をやっていただき、後半に『英雄の生涯』、アンコールに、『ばらの騎士』ワルツあたりで締めていただき、ようやく元が取れたか、と言いたくなるところだが、とりあえずはお手並み拝見である。

『レオノーレ』の冒頭からぶっ飛んでしまった。この指揮者の生み出す音は、恐ろしいほど透明感と清潔感に溢れている。特筆すべきは、最弱音の緊張感と美しさ!「p」指定の音符を、「ppp」くらいの弱音まで音量を下げ、空気と音とが中和したような、不思議な音楽を作り出す。こんな音、聴いたことがない。そして、さすが天下の元北ドイツ放送響、「f」のオケの一体感と鳴りっぷりの良さと言ったら!最弱音から最強音までのクレッシェンドの振幅はすさまじく大きく、身体の芯から「ゾクゾクッ」と興奮が湧き上がる。かくして、1曲目からして立派な交響曲を聴いたような気分を味わい、今回のプログラムにこめられた指揮者の自信を実感できたわけである。

ところで、例の衛兵のトランペットは、1回目は舞台裏のかなり遠方から、2回目は客席の後ろ側から(?)といった具合に、吹かせる場所を変えていた。ウルバンスキが、音楽の立体感、響き方を入念に突き詰めている様子が分かる。

2曲目のコンチェルトだが、指揮者がこういうタイプなので、アリス・紗良・オットも随分刺激を受けている様子。第1楽章は冒頭こそかなり荒かったが、カデンツァあたりからいっきに力強いフォルテの緊迫感と、丁々発止の即興味が増してきて、ピアノ・オケ両者が弁証法的に高め合っていく、幸福な共同作業を目の当たりにできたわけである。ここでも両者が、美しい弱音を競う様子が見てとれ、面白い。

ユニークだったのは、楽章の切れ目など、「無音」部分がもたらす演奏効果だ。きょうは、全楽章が実質的なアタッカで演奏されたが、第1楽章が終わってもウルバンスキは指揮棒を振り下ろさず、アリス・紗良・オットも鍵盤から手を離さず、数秒おいて、第2楽章冒頭の静謐な旋律を弾き始めた。この間、咳もせずに静寂を保った聴衆もブラヴォーだが、こうした「無音」の緊迫感が、存外大きな演奏効果を生んでおり、面白かった。第3楽章のコーダになだれ込む前の長めの総休止も、同様の効果を生む。

アンコールはグリーグの『叙情小曲集』から1曲と、ショパンのワルツ第19番。やっぱりショパンの繊細さには、病的な魅力がある。

そしていよいよ『ツァラトゥストラ』だが、これはもうウルバンスキの「大人(たいじん)」っぷりに終始息を飲む、圧倒的な35分間だった。テンポは恰幅よく、オケはよく鳴り響き、音楽は端正かつ整然とまとまる。ウルバンスの指揮ぶりも含めて、演奏を貫ぬくこの「余裕」の正体は一体何なのだろう。オケをガンガン追い込んでいく爆演の対極を行く、新時代の『ツァラトゥストラ』である。ウルバンスキはまだ34歳とのこと。この歳にして、恐ろしく恬淡とした境地に行き着いており、衝撃的である。先日のインキネンのブルックナーに通じる部分があるが、自分の感性・感受性に、100%の確信を抱いているに違いない。

余談だが、最近ニーチェの本をよく読んでいて、その強烈な文体と恐るべき自己愛に慄然としているのだが、改めて『ツァラトゥストラ』を聴くと、シュトラウスの音楽は、まさにニーチェ的な世界観を見事に音楽化して描出していると思う。さすがシュトラウスだ。

アンコールのワーグナー『ローエングリン』第3幕への前奏曲も、整然とまとまり、余裕に溢れた名演。興奮を巻き起こすような演奏ではないが、「良い音楽だった」という爽やかな余韻と読後感を残す、素晴らしいコンサートだった。ウルバンスキの音楽には、巨匠たちがギリギリ凌ぎを削って個性的な解釈を披瀝してきた時代を超克した、「新時代の演奏解釈」の萌芽を色濃く感じる。経済が、「成長」から「定常型」に転じた時代感と相似するような、演奏史のターニング・ポイントを体現しているのかもしれない。若かりし日のサロネンや、先述のインキネンと通じる部分も感じたが、とは言え全く新しい、新時代の才能である。

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