酔いどれ音楽&読書日記―一人の愛好家の独白

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zoom RSS シルヴァン・カンブルラン指揮 読売日本交響楽団 4/9

<<   作成日時 : 2017/04/09 16:38   >>

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大いに「買っている」カンブルラン&読響による、ハイドン&マーラーという超お楽しみ演目だったのだが、結果はまぁまぁ。2月に聴いたチャイコフスキーのような神がかった演奏を期待していたが、イマイチのらない。超高機能集団であるはずの読響も、いまいちコンディションがよくない。ホルンは外しまくり、弦も管に埋没しがち。これも仕方あるまい。オーケストラも人間集団なのだ。

【前半】
・ハイドン 交響曲第103番 変ロ長調 『太鼓連打』
【後半】
・マーラー 交響曲第1番 ニ長調 『巨人』

ハイドンの103番は、大好きな交響曲の1つ。ハイドンはあんなに名曲を残しているのに、コンサート・プログラムではなかなかお目にかからない。今日聴いて痛感したが、やはり大コンサートホール(きょうは東京芸術劇場)でやるには「地味」なのだ。ハイドンの茶目っ気とアイロニーが凝縮された緩徐楽章など、時に「みすぼらしく」さえある。

とは言え、カンブルランの嗜好は、古楽の「古」の字の片鱗すら感じさせず、恰幅よく弦を鳴らし、シンフォニーを組み立てる。フィナーレの再現部の弦の合奏の鳴りの良さ!読響特有の、「ハマったらスゴイ」瞬間に、あと一歩というところ。先日少し書いた、「和声感」が顔をのぞかせる。

名曲至難楽曲『巨人』も、かくして期待したのだが、冒頭からどうも座りが悪い。ホルンが不安定過ぎて落ち着かない。トゥッティでもまとまらず、このコンビがどうしてしまったのだと不安がよぎる。お楽しみのコーダでも、低弦が響かず、交響的な面白みに不満感。ただ、遅めのテンポで各楽器を目一杯に鳴らしきろうというカンブルランの解釈には大いに共感する。木管、金管、打楽器、そして弦と、各楽器にそれぞれ見せ場があるこの交響曲は、奏者の妙技を披瀝する「オーケストラのための協奏曲」的な色合いが濃いからである。

この解釈が奏功したのが第2楽章のスケルツォで、遅いテンポで恰幅よく、リズミカルに鳴らす弦は立体感を取り戻し、カンブルラン得意の粋なデュナーミクの魅力が生きる。続く第3楽章は、こうした解釈を引き継ぎ、ずいぶんと静謐でゆったりとしており、不思議な質感。これはこれで面白い。

フィナーレは、このコンビ持ち前の「和声感」の片鱗が見えたと思えば収束し、また見えたと思ったら収束する、ややもどかしい演奏。第2主題のカンタービレもそれなりに歌うが、もとより感情表現に溢れた演奏を嗜好しているわけではないので、惹き込まれるには至らず。ここではホルンがコケなかったことが幸いだった。ここでホルンが大コケしたら、聴いてられないくらいに汚い音楽になり下がる(あろうことかMTT/SFCOの実演がそれだった)。コーダに至るまで、「及第点」の音楽は続くが吹っ切れず、「それなり」の迫力で終結。つい先日、インバルの名演を聴いてしまったばかりの耳には、まだ物足りない。カンブルラン&読響の底力を知っている身には、なおさら物足りない。

やはり、曲の向き不向きもあるのだろうか。とにかく、先日のチャイコフスキーが凄まじかっただけに、やや消化不良な印象。来週は、ルイージ&N響で同じ曲を聴く予定だが、果たしてどうだろう。この半年で、『巨人』は4〜5回聴く計算になる。退屈するときは退屈するが、当たるとすごい。そんな怖さを持った交響曲である。

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