酔いどれ音楽&読書日記―一人の愛好家の独白

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zoom RSS 【CD評】ジャック・ルヴィエ ラヴェル ピアノ曲集 ほか

<<   作成日時 : 2017/04/21 11:24   >>

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「春はあけぼの…」、という清少納言の名文句にならえば、私にとっては「春はラヴェル」である。いっきに咲いて散る桜、その下で上気する人々、吹き抜ける温かみを帯びた風、厳寒の冬が過ぎ去ったことへの心のたかぶり、そして出会いと別れ、…こうした要素を五感で目一杯に感じるとき、頭の中に、『マ・メール・ロア』の古雅なメロディーが、ひとりでに鳴り始めるのである。

作曲家(音楽)と季節感は、よく結びつけて語られる。ブラームスの交響曲は、4曲それぞれが春夏秋冬に結びつけられる(個人的に1番には一切季節感を感じないが…)。チャイコフスキーの4番は冬。5番は夏か秋に似合う。ドヴォルザークの8番は爽快な夏の牧歌か。ヒンヤリとした肌触りを感じたいのならばシベリウス…など、その出自国と結びつけて、ずいぶん好き勝手に論じられる(自分も論じている)。

そんな中にあって、春に聴くラヴェルは格別だ。原体験は、もうずいぶん前、京都コンサートホールで春先に聴いた、小澤征爾の『マ・メール・ロア』だ。おそろしく精妙でロマンティックでドラマティックな、最高の名演奏だった。その音楽が頭の中に鳴り響くまま、帰路についたとき、そこに流れる爽やかな春の空気と、(ちょっと花粉を含んだ)青々とした空気の「匂い」、さらに言えば、京都という空間のもつ典雅な洗練が、ラヴェルの音楽そのものと一体化し、以来病みつきになった。そして、どちらかというと、オーケストラ版よりも、ピアノ版で楽しむほうが、精妙な音楽の佇まいを、丁寧に味わえるような気がしている。

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『マ・メール・ロア』に関しては、この1枚があれば他はいらない、という至極の大名演がある。フランスのピアニスト、ジャック・ルヴィエによる、おそろしく味わい深い演奏である。40年ほど前の録音であるはずだが、この「古さ」が、いい塩梅にラヴェルの洗練を際立たせ、熟成された味わいを醸している。タッチは決して粒立たず、それがいい。ガラスにヒビを入れるようなキレキレのピアニズムで弾かれるラヴェルは、確かにクリアだが、冷たく、血の気がない。翻って、ルヴィエのラヴェルは、頭のてっぺんから爪先まで、人間の血が通っていて、温かい。体温を感じるラヴェルである。この1枚だけで、何度でも、何時間でも、ずっと、究極の洗練を味わっていられる。幸福なディスクとの邂逅、その妙味が詰まっている。

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もう1枚、『マ・メール・ロア』は収録されていないが、『クープランの墓』や『高雅にして感傷的なワルツ』など、恐ろしく洗練された演奏を聴かせる、至高のラヴェルに最近出会った。ルイ・ロルティ版である。CDをプレイヤーにセットし、1曲目の『亡き王女のためのパヴァーヌ』の静謐な響きが鳴り出した瞬間、魂が抜け、椅子に倒れこみ、そのまま吸い込まれるようにして音楽を聴いた。どこをどう切り取っても、非の打ち所がない、ラヴェルそのものといった、最高の演奏である。この『パヴァーヌ』に、ラヴェルの魔力の全てが凝縮されている。脆く、一瞬にして崩れ去りそうな音の連なり、最弱音に詰まった繊細極まりない精神、儚く散りゆく人間の命…ラヴェルと音楽に込められた無限のニュアンスを、恐ろしいまでに音としてすくい上げ、響かせている。

『高雅にして感傷的なワルツ』の洗練とリズム感も文句の付けようがない。何度でも何度でも聴いていられる、至純の音楽である。ラヴェルのおかげで、春が楽しめる。ラヴェルのおかげで、春は圧倒的に味わい深くなり、ニュアンスに富み、精神が磨かれる。『亡き王女のためのパヴァーヌ』の、深々とした陰翳に揺さぶられながら、この春、いまこの瞬間を生きている圧倒的な事実を、心で静かに味わい尽くし、そっとしまい込むことができるのである。

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