酔いどれ音楽&読書日記―一人の愛好家の独白

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zoom RSS エリアフ・インバル指揮 東京都交響楽団 『大地の歌』ほか 7/16

<<   作成日時 : 2017/07/16 17:57   >>

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連日のマーラー、本日は芸劇にて『葬礼』と『大地の歌』。昨日は『復活』を聴き、きょうはその『復活』の第1楽章の初稿である『葬礼』を聴くというのも一興。指揮は、マーラーの大御所、インバル。インバルと都響の組み合わせは、以前マーラー・ツィクルスの5番を聴き、衝撃的な完成度の高さにノックアウトされた。本日も大いに期待。

インバルのマーラーは、春先にベルリン・コンツェルトハウス管との1・5番を聴いて以来だか、やっぱりこの人のマーラーは特別だ。音が違う。響きも違う。さらに言えば、コンツェルトハウス管よりも、あきらかに都響との方が相性がいい。恐ろしいまでに、オケがインバルの楽器として猛々しく鳴り、コテコテに脂ぎった、泥絵の具の固まりを塗りつけたような、情念のまとわりついた、超高カロリーの「マーラーの音楽世界」が出現する。最初の一音からそうなのだ。

インバルの指揮は、見ているだけで面白い。奇しくも団員の方がプログラムに寄せているように、一見するところ「いい加減な感じがする」のだが、よく見ると意図するところが極めて明瞭で、どの楽器の、どのメロディを際立たせたいのか、もしくはどの対旋律を強調させたいのか、さらにはどの装飾音を目立たせたいのか、鮮明きわまりないのである。インバルの脳内に、明瞭な音楽の実像が出来上がっているからこそ、ここまでクリアに身振りでオケに伝達できる。伊達にマーラーを振っているだけのことはない。インバルの心身に、文字通りマーラーが息づき、血肉化しているのである。

『葬礼』も、ある意味昨日のノットとは好対照、主情的に大胆にスコアを読み解き、緩急を極端なまでにダイナミックに対比して見せ、細部を極大化してデフォルメの限りを尽くすのだが、絶対に音楽が崩壊しない。日頃の都響を聴いていても、正直それほど音の美感や和声の妙味は感じないのだが、どうしたことか、インバルが振ると鳴りの良さが全く違う。よほど相性が良いのだろう。

後半は『大地の歌』だが、この音楽は、交響曲というより、むしろ管弦楽伴奏のついた歌曲のようだと感じる。そんなに好きな曲ではなくて、今日聴いていても、最終楽章の『告別』以外は全然ピンとこなかった。逆にいうと、『告別』だけ堪能できれば個人的には十分で、さすがそこは巨匠インバル、この長大な楽章を、あたかも「オーケストラとのための協奏曲」のように、時に豪快に、時に不気味に、時に色彩的に鳴らし、鮮やかに音楽の全景を提示してみせる。コントラルトはワーグナーの大家、アンナ・ラーションで、その深々とした美声が、巨大なホールの空気の中に溶け込む。時空を超克するかのような、息を飲むひとときだ。漢詩が醸す、儚く幽玄的な世界観が、マーラーの死生観と一体化して、独特な絶対時間を生み出していく…。

テノールが、少し線が細く、第1楽章などインバルがややセーブ気味に感じたのは残念。とはいえ、改めてマーラー指揮者としてのインバルの実力に舌を巻く音楽体験だった。

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