ポリーニのリサイタルに考える、「音楽とオカネ」


最近ありがたくない雨天続きである。今日はザ・シンフォニーホールに先日予約したチケットを受け取りに行く予定だったので、雨天はかなわない。と思っていたら、昼過ぎにやんでくれたので、大阪駅から歩いてとりにいった。

チケットセンターに行くと、未定だったポリーニのリサイタルプログラムが決定していた。葬送ソナタを中心にした、オール・ショパンプロ。ソナタ以外には、バラード、前奏曲、マズルカ、英雄ポロネーズ、といったところ。前回の来日時も確かオール・ショパンだった。
今年はショパンのアニヴァーサリーだからか、ピアノリサイタルはショパンプロがやたら多い。3月に兵庫で聴くピリスのリサイタルも、ショパンプロである。ピリスのモーツァルトを聴きたかったのだが。

それにしても、ポリーニのリサイタル、高すぎる。D席1万2000円、S席に至っては2万5000円。ヤンソンスの振るコンセルトヘボウ管の値段設定並みである。
兵庫でのピリスは、なんとD席で1000円。最高ランク席でも5000円の良心的価格設定だ。

まったく、ポリーニに失望である。
私にとって、基本的に器楽曲はまだまだ開拓分野なので、「ポリーニだったら2万5000円払う価値がある」という玄人様のご意見を否定はできない。しかし、(こうしか表現できないが)感覚的には高すぎる。カレーラスのリサイタルが3万円だったことを思い出して、「ポリーニよ、お前もか」と一人恨み節である。
そういえば、ポリーニは盟友アバドとともにイタリア共産党員だそうじゃないか。
今回の価格設定はますます不可解である。
恨み節の最後に言っておきたいが、とりあえず、コンサートのチケット料金とコンサートの感動は別に正比例するものでない。
もちろん、4万円近く払ったベルリン・フィルの演奏会で、ラトルのハイドンに舌をまいた。だが、「4万円払った、だから感動しなければ!」と、無理やり絶賛評を捏造しようとは思わない。
コンサートに行くたびにしばしば感じることたが、こういう見てくれの教養主義が、熱心な聴衆の感動をしばしば阻害している。
やたらと話が飛躍したが、とりあえず「ポリーニのチケット料金考」であった。

さて、またまた「オカネ」の話で恐縮だが、レコード会社大手のRCAが別会社に吸収合併されるそうだ。
クラシック音楽産業もやはり不況なのだろう。一昔前のレコード芸術誌を紐解くと、そこでひと月分の月評対象になっているディスクの多くが、現在では不朽の名盤となっている。C・クライバー/VPOのベートーヴェンの第7交響曲が無印の時代である。裕福なものだ。
その点、 最近は、大手レーベルの新譜がまずつまらない。その分、マイナーレーベルや自主レーベルが頑張っており、面白い録音を多産している。まぁこれはこれでよかろう。

ちなみ、RCAが吸収合併されるおかげで、このレーベルの名盤の数々が安価にて放出されている。興味のある方々はチャンスである。 ヴァント、アーノンクール、ジンマンら、看板アーティストの名盤、更には新譜までもが、安い。
ちなみに、私はアーノンクールの録音を漁ってきた。
昔は古楽系を商戦だと思って完全に聴かず嫌いしていたが、聴いてみると主張があって面白い。

「伝統的なものが良い」とか、「大家の妙技にこそ本質がある」というのは、やはり見てくれ教養主義なんじゃないか、と今の私は考える。

あくまで独白。私の見解も時とともに変転しますが。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック