【in パリ】パリ・オペラ座 P・シュナイダー指揮 『さまよえるオランダ人』 9/9

この日は、晩、パリ・オペラ座でワーグナー。さらに、パリの名所を回り尽くす(不可能ですが…)任務を負っている。昨日は、サル・プレイエルに行く前に凱旋門とシャンゼリゼ通りを見た(歩いた)ので、今日は念願のルーヴル・オルセーといった美術館巡りをしようと決心。昨日も就寝がAM2:00を回っていたが、この日は8時過ぎには行動開始。

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まず、宿から至近の、サン・クレール寺院へ。昨日、ユーロスターで隣合わせたパリのお嬢様が、しきりに観光を勧めてきた名所である。小高いモンマルトルの丘の上から、パリ市街を一望できる、絶景ポイントらしい。

しかし、極めて遺憾だったことが一つ。サン・クレール寺院に続く坂を上っていると、何やら、前方に、黒人の若者の集団が待ち受けている。寺院に上る坂は2本あるが、どちらの坂でも待ち受けている。ミラノで、同様のシチュエーションに遭遇した時に、かなり執拗にミサンガを押しつけられてきてキレそうになったことがあったので、「もしや?」と思ったが、思い切ってそのまま進む。その坂を上らないと、寺院には行けないのである。

すると、案の定、5人くらいで取り囲んできた。やはりミサンガを持っている。そして、「どこから来た?」などと言いながら、両脇から勝手に腕をつかんできた。「急いでいるから放せ!」と言ったが、「何もしないから(笑)」といいながら、そのミサンガを指に巻きつけて、さらに、3人くらいで無理やり固定しにかかってきた。相当強い力で抑えつけてくる。「これは危ない」と思い、「放せ、バカ !!!」みたいにブチぎれたら、向こうも観念したようで、やっとのことで解放された。

彼らは何を狙っているのだ?体を固定したすきに、財布をすろうとしているのか?それとも、ミサンガを売りつけてぼったくろうとしているのか?とにかく朝から不愉快の極みだ。

石段を上ると、眼前には、絵や写真で観たような、どこかくすんだパリの哀愁漂う景色が開ける。エッフェル塔は見えないが、パリの名所もいくつか見渡せる。壮観だ。寺院の内部も少々見学。

帰り道、さすがに先ほどの若者は何もしてこなかった。ここから、次いで、オペラ・ガルニエに移動。それこそ、「オペラ」という名前の地下鉄駅で降車すると、目の前がガルニエである。ただ、リハーサルか何かで、内部は見学できないとのことだったので、シャガールの天井画は目にできず。これまた外観のみ見学。

ついでルーヴル。地下鉄駅を出ると、これまた目の前にルーヴル。ガラスのピラミットが迎えてくれる。手荷物検査のために、恐ろしいほどの行列ができている。「ハァ…」とため息が出たが、仕方なしに並ぶと、30分少々で中に入ることができた(それでも長いですが)。というか、カバンだけ検査はするが、ボディ・チェックは無いのである。どこか中途半端だ。

この日は思い切ってオーディオ・ガイドを借りる。ルーヴルのオーディオ・ガイドは、大韓航空がスポンサーになっているらしい。最初、「なぜ日本語のを頼んだのに、韓国語のガイドを渡すんだ」、と怒っていたら、実は単なる大韓航空のロゴだけで、ガイドは日本語だった。

見学は、「中世のルーヴル」からスタート。かつて、アンリ4世(?)の時代から、城塞として使われていたルーヴル宮の面影を偲ぶことのできる、貴重な遺構だ。ずいぶん整備されえている印象はあったが…。

さて、細かくは言及しないが、とにかく、あまりに膨大な展示物の数に、圧倒され、最後は足が棒のようになった。「1日はかかる」といわれるルーヴル見学だが、時間もかけられないので。2時間半ほどで切り上げたが、それでも疲れる…。別に、絵が嫌いなのではないが、ガイドをフルに使っていると、それこそ一日あっても足りない。

ミロのヴィーナス、サモトラケのニケ、モナ・リザから、レンブラント、フェルメールに至る、前近代の美術品の最高峰に圧倒されたことは言うまでもないが、古代美術も印象的だった。皇帝の彫塑における様態の変化が持つ意味合いや、それよりもさらに古い、古代イタリア、エトルリアの美術など、歴史の持つ圧倒的な重層性に打ちのめされる展示品ばかり。

フランドル絵画をみ終えてルーヴルを後に。ついで、セーヌ川を渡り、オルセーへ。正直、この2つの美術館をはしごするのは、最重量級のスケジュールだ。

オルセーは、とにかく、どれもこれも、「あ、これ知ってる!」と言いたくなるような有名な印象派絵画ばかり。ゴッホやルノワールの名画の周りに人だかりができていたのが言うまでもない。自分自身も、ゴッホを至近でみて圧倒された。晩年の作品になると、片耳を切り落としてしまうその異常な精神世界が、描き方にそのまま投影されているようで、みている方もそれに巻き込まれる。まさに、あの独特な渦を巻いた後景に吸い込まれるように…。一度、遺作、『鴉の群れ飛ぶ麦畑』の実物をみてみたいものである。

しかし、個人的にずいぶんと引き込まれたのは、ロートレックだ。大阪のサントリー・ミュージアムでも、(恐らくサントリー財団が保有していると思われる)ロートレックのコレクションをみたことがあったが、さすがにオルセーのロートレックは、彼の最高傑作と思しき名画ばかりだ。当たり前の話だが、ロートレックは決してポピュラーなポスターばかり描いていたわけではないのだ。もう、1作1作がセンスと才能の塊。ずいぶんと魅力的だった。

ということでオルセー見学は90分ほどで終了。美術愛好家の方には、「短っ!」と言われるかもしれないが、時間もないし、仕方ないのである。なお、ルーヴルとオルセーの収蔵品カタログを購入したので、家に帰ってからでもゆっくり思い出そう。

さて、ここからがまた忙しかった。日本に何枚か絵葉書を出したかったので、オルセーで絵葉書を購入し、近所のタバコ・スタンドで切手探し。意外と切ってが見つからず、切手購入だけで30分かかった。ここから、街の中の教会の脇で文面を書き上げ、投函。なお、日本への切手は、0.85ユーロ。

さらにさらに。この時、19時のオペラ開演まで残り90分ほどしかない。よく考えれば、今日はほとんど美術館巡りしかしていない。ということで、まずエッフェル塔へ。意外とエッフェル塔はパリの街の観光の中心部分からはずれており、地下鉄でしばらく移動。この移動時間が惜しい。結局、エッフェル塔は近くから写真で収めるだけ。しかし、これで、もう18時を回りそうだ。

あと、ノートルダム大聖堂に行きたかったが、やはり、オペラも始まりそうなので、ノートルダムはオペラ終演後に回すことに。今晩の演目『さまよえるオランダ人』は、休憩なしで2時間10分ほどの作品なので、恐らく終演は21:30前だろうから、そこからまだ観光はできるのである。と言っても、聖堂の中に入れないのは残念だが…。

バスティーユ広場到着は18:15。そう言えば、ユーロスターの中で話をしたお嬢様は、自分がバスティーユを知っていることに大喜びしていた。「日本人なのに、なぜそんな地名知っているの?」と不思議そうだったが、フランス革命が「バスティーユ牢獄の襲撃」から始まったという歴史は、恐らく、中学校の歴史で習った気がする。そう考えると、日本の教育とは、ずいぶんとハイレベルなことをやっているのだ。

ここからもしんどかった。オペラ終演後に観光を続行するとすれば、夕食は今のうちに取らなければいけない。ということで、バスティーユ広場に至近のレストランに陣取る。

しかし、これまた、フランス料理だから、前菜と主菜を両方頼んだりしなければ…と無理な気を遣うのが厄介だ。一応、「本日のスープ」を前菜に頼み、主菜にはステーキみたいな肉料理。優雅に食前酒でも…と行きたいところだが、時間がないのが残念。

店員のおじさんはとにかく愛想抜群で、この愛想の良さにこたえてあげられないのが残念だが、腕時計を睨めつつ、殺気立って夕食を食べる。30分少々で夕食終了。まずまずの味だった。「え、もう終わり?デザートは?」などと聞いてきたが、もうすぐオペラが始まると事情を話すと、「なるほど」と納得してくれた。チップも受け取らずに解放してくれた。

そして、オペラ座玄関口到着は、何と開演3分前。最初、入り口を間違えたら、横でたむろしていた大量の若者軍団が、「ここじゃない、あっちへ回って!」と教えてくれる。何とも優しい。

ということで、開演の直前に着席。あぁ、しんどかった…。

この日の『オランダ人』は、歌手陣が、とにかく強靭な顔ぶれだ。ドイツ・オペラのヴェテラン中のヴェテラン、シュナイダーが振るのもまずまず期待が持てる。

ちなみに、その歌手陣だが、ダーラントにサルミネン、ゼンタにピエツォンカ、エリックにフローリアン・フォークト、そして、オランダ人にジェームズ・モリスといった具合。これはすごい。

さて、結果として、一部歌手はすごかったが、それ以外はダメだ。

まず、シュナイダーに渇!!!やる気があるのか!?聴いていて、まったく面白くない。音楽が盛り上がらない。正直、ワーグナーの作品の中ではいまいち音楽的に面白み欠ける作品であるが、演奏そのものも、何とも平板で、のっぺりしていて、技術的な瑕疵も散見され、何より覇気がない。あるのは、「一応、形は整えてますよ」という無意味な安定感ばかりだ。

次いで、演出。これもまったく面白くない。箱の形状をした部屋が舞台で、舞台後方のドアは終始開き、海の絵が掲げられる。舞台右手のドアは開いたりしまったり。この右手のドアの向こうは見えないが、恐らく、海であり、同時に、「幽霊」とか「死」を象徴する世界がある様子。

しかし、なんともつまらない演出。奇抜さ・新奇さを出すこともないし、伝統的とも言えず。中途半端で、意図の見えない舞台。唯一意外だったのは、ゼンタが刃物で自殺したことくらい。そう言えば、かつてウィーン国立歌劇場で、音楽監督の小澤征爾がこの演目を取り上げたとき、演出を担当したミーリッツ女史が、ゼンタを焼身自殺させる演出をして、大ブーイングを喰らっていた。ラジオで聴いていて驚いたことを思い出す。そう言えば、小澤もブーを受けていたようだが…。

さて、歌手陣はさすがで、サルミネンのダーラントと、ピエツォンカのゼンタは出色だ。しかし、オランダ人を歌ったモリスの全盛期は、もうとっくに過ぎてしまったようだ。モリスのオランダ人は、正直ひどかった。この人は、ビブラートが大味で、音程もいまいちあいまいなのが気に食わない。1983年だったか、ムーティ/VPOのザルツブルク音楽祭での『コジ・ファン・トゥッテ』のDVDで、全盛期のモリスの大活躍を見られるが、10年ほど前のレヴァイン/メトロポリタン歌劇場での『ニュルンベルクのマイスタージンガー』のザックスでは、その魅力は相当衰えている。そこから、さらにだめになった。カーテン・コールでも聴衆はかなり冷めている。

ということで、満足は得られない舞台だった。

早々に劇場を後にし、ポン・ヌフ橋からノートルダムを捉えられるポイントへ。思えば、オルセーに行ったときに通り過ぎたポイントだが、ここの夜景が美しい。夜のセーヌ川は情緒満点だ。なお、有名なシャトレ座も目の前。

ついで、コンコルド広場へ。ここも、ルイ16世やマリー・アントワネットが処刑され、革命の舞台になった広場だが、ここからはエッフェル塔の夜景を捉えられる。自分が着いた時、ちょうどエッフェル塔がやたらと発光していて、宝石みたいに輝くエッフェル塔を見ることができた。

さて、こうしてパリ最終夜終了…と行くはずもない。

ムーラン・ルージュ突撃が撃沈に終わった以上、「何かパリらしい夜の楽しみ方はないか…。」と思案していて、ひらめいたのが、シャンソンを聴くというプラン。探してみると、自らが泊っているモンマルトルに、シャンソン酒場みたいなのがあるらしい。前日の晩、夜中までネットで調べた地図を頼りに、店の最寄りの地下鉄駅周辺を少々右往左往。10分ほどで発見した。丘の上の墓場にほど近い、どこか暗くレトロな雰囲気の店だ。少々ややこし場所にあるが、階段を上り切った路地を振り返れば、軒の高い家々の合間から、燦然と輝くパリの夜景が顔をのぞかせる。

思い切って突撃。公演料みたいなのと、一杯目の酒(サクランボ酒)を合わせて、20ユーロほどだ。ムーラン・ルージュのレイト・ショーが100ユーロ程度なのに比べれば、まだ安い。

店内には、客は、フランス人10人少々しかおらず、目の前でシャンソン歌手が歌っている。ギター一本にのせて歌うシャンソンは、雰囲気抜群だ。トーク&コンサートみたいな構成になっていて、歌手は、曲と曲の合間にトークをする。周りのフランス人は大爆笑しているが、むろん意味は分からない。どうやら何度か話しかけられていたそうなのだが、自分に話しかけているとすら気付かなかった。悪いことをした…。

歌手は、数曲歌って、控えている次の歌手にバトン・タッチする。一人目の歌手は若手だったが、二人目には少々年配のオッサン歌手が登場。ものすごいダミ声で、かなり破滅的な歌を歌う。恐らく、酒とタバコで声がつぶれているのだろう。しかし、ロートレックといい、ピアニストのサンソン・フランソワといい、フランスのアーティストは、どこか破滅的・頽廃的な志向を美徳とするのだろうか?

店の隅っこの方にいた中年夫婦は、シャンソンを聴きながら、ちょっと目も当てられなくらい大胆に愛を確かめ合っている。嫁はんの方は、かなりギラギラ系で、それなりにきれいな人だった。旦那は、町村元官房長官激似の普通のオッサン風情なのに、「よくやるよ…」と思うサマをさらす。フランス人は、やはりこういうところに関してはすごい。思えば、『さまよえるオランダ人』を見に行ったときの、前の席の中年夫婦もそうだった…。

結局、地下鉄の終電まで聴いて、深夜1時前に店を出る。地下鉄の線路では、何匹かのどぶネズミが、元気に走り回っていた。こんな光景久々に見た。パリは、確かに、ゴミが多くて汚い。だが、なぜか、ローマと違ってずいぶんと愛着が沸く。

宿に帰ったのは1時半。またしても就寝は2時を回る。楽しかったロンドンに続き、パリも、満足な一日を過ごすことができた。

それにしても、なかなか疲れた一日だった…。

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この記事へのコメント

ジョバ君
2016年08月31日 15:17
此処も行っていました。
特にモリスの歌う「オランダ人」は最後かもしれないと、わざわざ行きました。
確かに全盛期はとっくに過ぎていて、オランダ人がこんなに年寄りも有かな?と思いましたが、しかし私が聞いた中ではやはり好きなオランダ人でした。
そしてこの時始めて生フォークトを聞いて♡です。
書かれていたメトの「マイスタージンガー」も聞きまして、この時のモリスは、未だ少しは若かった気がします。
ボタさんとのコンビでした。懐かしいです。
しかしあのオペラの前に美術館を2つも廻られて・・・。
恐れ入りました。
私は年に2~3回NYへ聞きに行きますが、美術館へは未だ足を運んでいません。寝てしまっては勿体無いので^^。
きっとお若いのでしょうね!!
今度は私も少し動いてみようかという気になって来ました。

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