【in ストレーザ音楽祭】ノセダ指揮ストレーザ祝祭管 『イドメネオ』 9/2

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今日はイタリアに入る。昨年の旅でのイタリアの印象はイマイチで、特に、ゴミがあふれ、騒音がけたたましいローマには二度と行くまい、と思っていたのだが(ということで、トレヴィの泉にもコインは投げ入れなかった)、結局、今年も、ローマをはじめ、イタリアの数都市を、わずかな期間ではあるが、周ることになった。「けんかばかりしていた人間と、久々に会いたくなる感覚」とでも言おうか…。

まず、イタリア1日目は、日本ではそれほど知名度は高くないが、少々名も知られてきている、ストレーザ音楽祭を聴きに訪れることとした。ただし、この音楽祭、ここしばらく音楽愛好家を続ける私の音楽体験の中で、いろんな意味で、最も衝撃的なものとなった…。良い意味でも、悪い意味でも…。

さて、モントルーの宿では、オプションの朝食が15スイス・フランもしたのだが、オーナーの愛想の良さにそそのかされて、朝食を頼むことにした。そんなに高いのなら、さぞかしボリュームがあるメニューが出てくるのだろう…と思いきや、ゆで卵がついただけの、単なるコンチネンタル・ブレックファーストである。ひどく落胆した。

しかし、とにかく話をするのが好きそうな主人が、いくらでも話しかけてきて、それに応じたりしていると、次から次に、コーヒーやらチーズやらが出てくる。どうもその主人、モダン・アートを修めていたらしく、安藤忠雄の建築を見に(学びに)、日本に行ったこともあるそうだ(1995年)。先日、安藤忠雄氏の講演会を聞いたばかりの身なので、話が盛り上がる。新幹線に乗って、東京・京都から、福岡まで足をのばした話を、何とも嬉しそうにしてくる。

続いて、話題は音楽に及ぶ。私が、昨晩モントルー・ヴヴェイ音楽祭に足を運んだことを伝えたのをきっかけに、音楽の話題は膨らみ、今度は、主人が、どこかから大量にモントルー・ジャズ・フェスティヴァルのDVDを取り出してくる。さらには、ローザンヌのバレエの話が始まり、しまいには、コンテンポラリー・ダンス(モーリス・ベジャール)のDVDを出してきて、それを流し始める。もともと、ヘルムート・リリングと思しき人物の指揮する『メサイア』の映像が流れていて、それに聴き入っていたのだが、よく分からないコンテンポラリー・ダンスの映像に切り替わってしまった。

しかし、このベジャールが振りつけた『春の祭典』は、なかなか圧巻だった。音楽の持つ、粗野で原始的な響きを、そのまま人間の動きに結び付けたような、衝撃的な振り付けだ。これには見入ってしまった。

私はバレエにはほとんど明るくないので、どこかでこの場を切り抜けるタイミングをうかがっていたが、サウス・カロライナから来ている夫婦が朝食に起きてきたタイミングで、そそくさと席を抜けだした。しかし、なかなか面白いものをみせてもらった、とも思う。たしかに、この宿の客室は、なかなかモダンな感じがすると思っていたら、やはり、アートをやっていた主人がデザインしたんだろう。

サウス・カロライナの御夫妻には、昨晩のコンサートの感想を簡単に伝えて別れ、11時前に宿をチェック・アウト。風光明媚なモントルーの湖畔沿いの遊歩道を少し歩いた後、11時半ごろの列車でローザンヌに向かう。

ローザンヌから、この晩の宿泊地であるストレーザに向かう列車が出るのは、14時半前。しばらく時間があったので、IOC本部があることでも有名なこの街を、しばし散策してみることにした(たしか、先日、オリンピック開催地に東京が立候補して、知事さんが盛り上がっていたとき、その知事さんが、この地を訪ねていた記憶がある)。

駅前に立って驚いたのが、市街地に続く、急勾配の坂。超がつくほど角度がきつい。どうも、市街地へは地下鉄も延びているようだが、世界で一番勾配のきつい路線が敷かれている地下鉄らしい。20キロはあろうかという荷物を抱える身としては、とにかく辟易するしんどさだ(駅のロッカーに預けるという手もあるんだが…)。

ようやくの思いで辿り着いた市街は、これまたなんともこじんまりしている。市のシンボルでもあるノートルダム大聖堂も、それほど大規模な造りではない。ちょうど正午だったので、さわやかな空気のローザンヌの街に鐘の音が響いて、何とも快適だ。

ちなみに、市街は、それほど観光地があるわけでもなく、30分いるかいないかのうちに、今度は湖畔側に下りた。モントルーほど湖畔は観光化されておらず、むしろ、集合住宅などが立ち並ぶ、住宅地といった趣だが、こんなに空気が澄んで気候がよいところに住めば、長生きもするだろう。湖沿いの芝生に座りこみ、しばし忘我の境地。

さて、湖畔滞在も30分少々、そそくさとローザンヌ観光を切り上げ、駅に戻る。湖畔から駅まで、再び急勾配の坂を上らねばならないのがしんどい。しかし、まっすぐに延びる並木道には、数多くのレストランが屋外テラスを出し、平日であるというのに、多くの人が、ビールやコーヒーを飲んだり、優雅にランチを楽しんだりして、羽を伸ばして自由に休んでいる。なんだこの自由さは。日本では考えられない。スーツ姿のサラリーマンが、野外のテラスで、あれほどリラックスしてランチを食べる姿が、日本のどこにあるだろう…。一概に、どちらが良いと言えるものではないが、うらやましいのは事実である。

さてさて、駅に戻っても、列車の時間まではまだ1時間あったので、結局、私も昼からビールで息抜き(というか、そもそもこの放浪そのものが息抜きだが…)することにした。またでっかいのを頼んでしまった。はじめて飲む銘柄だが、今回の旅で飲んだビールの中で一番コクが強く、昼に飲むには少々ハードなビールだ。しかし、美味いには違いない。

ゆっくりと時間をつぶした後は、いよいよイタリアに向けて、ミラノ中央駅行きの列車に乗車。観光に訪れる人が多いのか、とにかく人でごった返している。横に座ったのは、若いイタリア人の女性。イタリア語とフランス語はしゃべるが、英語は話さない。「あなたはイタリア人ですか?私は日本人です。」とだけしゃべって、あとは口をきかなかった。もう少しこちらが、ちゃんとイタリア語をしゃべれたら良かったのだが…。というか、一つの国で4カ国語も話されているスイスに住んでいるんだったら、逆に、英語をしゃべってほしい、とも言える…。

14:20にローザンヌを出た列車は、お約束通り、約10分遅延して、16:40過ぎにストレーザに到着。湖畔の田舎町に取ってつけたような、いかにも使い古された感の強い駅舎である。日差しは強いが、気候そのものは、モントルーとそれほど変わらないような気がする。

さてさて、これまた湖のほとりの保養地に、音楽祭を聴きに来てしまったわけだが、この夏、実は、ヨーロッパに来る前に、青森県の十和田湖にてしばし保養し、奥入瀬渓流を散策したりしていたのだ(これは、もちろん、音楽とは無関係です)。そして、次に、ヨーロッパに来てからは、ルツェルン・ジュネーヴ・モントルー・ローザンヌ・ストレーザと、これまた湖畔の保養地で、好き放題やっている。世間様にあわせる顔もないのだが、音楽祭は、やはり聴衆の保養も兼ねた場所で開かれることが多いため、どうしても、湖畔の避暑地や山間部の会場、もしくは温泉地帯が多くなる。日本でも、サイトウ・キネン・フェスティヴァルや、別府アルゲリッチ音楽祭なんかが好例だ。

そんなこんなで、これまた、北イタリアの、日本ではほとんど名も知られていないストレーザなる町に出没してしまったわけだが(モントルーの宿の主人も、「ストレーザ?どこ、それ?」みたいに言っていた)、本当に、ホテルに泊まってゆっくりするくらいしか過ごしようのない町だ。観光地らしい観光地は何もない。歴史的な教会や遺跡があるわけでなく、湖を遊覧したりするわけでもない。湖に沿って、ただ無数のホテルが並んでいるだけ、といった趣だ。

しかし、個人的な方向感覚の悪さがたたって、宿を探すのに一苦労し、これまた30分近く時間をロスした後、何とも怪しげなこの日の安宿を発見。フロントには、英語が全く通じず、少々てこずった。

部屋に入って、悪い予感が当たる。古い建物を少々改築しただけのホテルなので、やはり設備に限界があり、汚い…。なんとか清潔感を出そうと、精一杯努力している痕跡はあちらこちらにうかがえたので、わがままは控えることにした。それにしても、イタリアは、古い建物が多い分、安ホテルに泊まると、ドン引きするくらいひどい設備に行き当たってしまうことが多い。昨年、安さにひかれて泊ったヴェローナ・ローマの宿は、泣きそうになるほど汚かった。ローマの宿なんか、独居房かと思ったほどだ。イタリアを一人旅するときは、少々高くても、清潔感のありそうな宿を選ぶ方が良い気がする。あと、この日のストレーザの宿も、例によって、シャワーの出がひどい。熱湯が出てきたと思えば、今度は冷水が出てくる。なんじゃこりゃ。

18時ころ、宿を出る。なんと、『イドメネオ』をやるのに、開演は20:00なのだ。イタリアは、人々の時間感覚も、日本と全く異なる。昨年のヴェローナ音楽祭の『アイーダ』の終演はまさかの25時(深夜1時!)。すると、まさか今日の『イドメネオ』も…と思い、正直、開演前から気が重い。

夕食前に、ホールの場所を確認するべく、先に、音楽祭会場を探す。こんな小さな町に、音楽祭が開けるほどの立派なホールが本当にあるのだろうか、と、少々疑わしかったのだが、「コングレス」と書かれた看板の案内表示に従い、路地を分け入る。すると、「音楽祭会場」と書かれた建物に行き当たった。

ここで、第一の衝撃。「な、なんだ、この建物は!?どこかの地方都市の市民会館か!?いや、公民館か!?」。入口こそ少々立派だが、外周をぐるっと一周すると、とても音楽祭を開くようなコンサートホールには見えない。

「まぁ、中は立派なんだろう…」と妙に自らを納得させ、夕食を摂りに、町中の広場に戻る。途中、スーパーで水を買ったが、30セントでミネラル・ウォーターが買えた。やはり、スーパーは安い。

イタリアのリストランテでは、外国人(特に日本人)観光客を狙った悪質なぼったくりが多発中と言うので、レストラン探しにも少々骨が折れる。結局、これまた野外テラスを出す、雰囲気のよさそうなリストランテに陣取った。夕食は、サラダとスパゲッティと赤ワイン。「グリーンサラダ」を頼んだら、本当にレタスだけ山盛りで出てきて驚愕した。スパゲッティは、カルボナーラみたいなやつだったが、麺がボソボソしていまいちだった。安さに惹かれて注文したハウスワインは、甘く、酢みたいな味で、あまり飲めたものではなかった。店員の女性は、きっちり英語を話してくれたし、愛想はとてもよかった。

19:45に会場に到着。ここで、すぐさま、凄まじい第二の衝撃。この衝撃が、正直、一番大きかった。何と、エレットラを演じることになっていたバルバラ・フリットリが降板している!!!ショックすぎて言葉が出なかった。この公演を楽しみにしていた理由の60%くらいは、正直、フリットリのエレットラだったのに…。この音楽祭は、訳のわからない宣伝メールばかり送ってくるが、こういう連絡もちゃんと回しなさい!!!いや、こちらが見落としていただけかもしれないが…。

続いて、第三の衝撃。ホールがひどい!!!!客席数も少ないし、舞台も、子ども騙しみたいだ。小学校の体育館の舞台を、どこか、その辺に転がっているひらひらの布切れで、少々見栄えがするように整えあげただけのようだ。小学校の舞台に、市民会館の座席をくっつけたようなホール、とでも言おうか。日本の「のど自慢」で使うホールの方が、立派なのではないか?あと、自席に着こうと思ったのに、席の番号札がはがれていてい、どこが自分の座席か全く分からない…。

開演後、第四の衝撃。これは、正直、少々予想がついていたことだが、字幕が一切出なかった。もちろん、イタリア人の前で、イタリア語のオペラを演じるのだから、字幕はいらないのだが、ドイツでは、ドイツ人の前でドイツ語のオペラを上演する際も、ドイツ語の字幕が出たりする(とはいっても、イタリア語の字幕が出ても、こちらは理解できないわけですが…)。この音楽祭は、ちゃんと英語でメールを送ってきたりもしたので、少々英語字幕にも期待をしたのだが、全くの肩透かしだった。さらに、公演パンフには、対訳どころか、あらすじすら載っていない。

なお、この公演は、照明演出と、歌手陣の舞台上での簡単な演技に基づいたセミ・ステージ形式での上演。

さて、やっと本題の音楽に話を移すが、これに関しては、嬉しい意味での第五の衝撃が待ち受けていた。この公演に出演した歌手陣は、フリットリの代役も含めて、全員、「超」の字がつくほど高水準だったのだ。これは、まったく大げさではない。

一番驚愕したのが、イダマンテを演じた、Laura Poleverelliという歌手。良く知らない人だったが、表現力・声量が圧倒的な上、なにより、ものすごい美声のメッゾ・ソプラノだ。これまで私が実演で聴いた歌手の中でも、最も強い印象を受けた歌手とも言えるかもしれない。弱音の表現が少々大味なのが玉にきずだが、遠目からは小柄に見えるその身体から、どうやったらあれほど強靭な声が出せるのか、皆目見当がつかない。プロフィールを見ると、ムーティ、メータ、シャイー、コリン・デイヴィスら巨匠と共演を重ねているとのことだが、なるほど、大いに納得である。

イリアを歌ったAlessandra Marianelliも、繊細な心情表現に長けており、技巧的な楽句も抜群の安定感だった。プログラムを見ると、なんと、まだ24歳ではないか!東京でカルメンを歌うということだが、ミカエラだろうか?

そして、肝心のイドメネオを歌ったFrancesse Meliという歌手も、まだ30歳だ。パヴァロッティやドミンゴの歌唱と比べるのは少々酷であるとしても、逆に、その若さが活かされた新しいイドメネオだ。そもそも、「イドメネオが若くていいのか?」という問題はあるのだが、セミ・ステージで、音楽を楽しむだけなら…という但し書きをつければ、個人的には「よし」としたい。なかなか抒情的な歌唱で、「クレタの王」というには少々か細いものの、聴いていて面白い。

なお、フリットリの代役は、Sussiとかいう名前の若手が務めていたが、この人も、若いのに歌唱には貫録すら漂う。ただ、どうも、舞台上の動きがかなり気にかかる。エレットラという役柄上、仕方ないのかもしれないが、指揮をしているノセダの背中に手をまわしたり、執拗に髪の毛をいじり倒したりと、どうも思わせぶりだ。「もうちょっと落ち着いたらどないやねん!」と叫びたくなったが、慈悲と寛容の精神で押し黙っておいた。

ということで、指揮のノセダと、若手中心のストレーザ祝祭管をひっくるめて、今回の公演の演奏家陣は、平均年齢がぐっと低い。フリットリみたいな大ヴェテランの歌い手が一人いれば、それはそれで舞台が引き締まったとは思うのだが、逆に、若手ばかりが切磋琢磨しながら演奏し、歌うことで、神妙さに傾きがちなこのオペラが、とにかくパッションであふれかえった形で再現された。

ノセダの指揮は、いつも通り、とにかく最初から最後まで、熱の込めようが凄まじい。指揮姿だけとれば、モーツァルトを演奏しているとは信じがたいくらいだ。ただし、その分、音楽がどこか硬直してしまっていた気もする。特に序盤に顕著で、勢いはあるものの、旋律がプツプツ切れてしまい、ぎくしゃくした音楽に聴こえなくもなかった。

さて、「終演は日付が変わるころではないか」と心配していたのだが、第1幕と第2幕を縦続けてやったのと、おそらく、どこかをカットしていたために(このオペラを普段あまり聴かないので、どこをカットしたかは分かりません…)、1回の休憩をはさんで23時ころに終演してしまった。R・シュトラウス編曲版を使っていたわけでもないと思うのだが、なぜこんなに早く終演するのだろう?カットの慣例など、ご存知の方、教えてください。

ホールの音響は思ったほど悪くはなく、サンケイ・ホール・ブリーゼ(西梅田)の渇ききった音響よりはずっとましだったが、反響板の設置の具合か、どうも、歌手が舞台下手側を向いて歌った声が、左耳ばかりにやたらと大きく響く。残響そのものは、ホールの小ささもあってか、それほど豊かではない。こう聴くと、ザ・シンフォニーホールや、ザルツブルクの祝祭大劇場、ルツェルンのホールの音響の良さが、逆に際立って実感される。

カーテン・コールでは、フリットリの代役のSussiとかいう歌手と、イドメネオにブラヴォーが飛びまくっていたが、イリアにはそこそこ(とは言ってもそれなりには飛んだが)だったのが理解不能だった。しかし、「カンターレ」の国の方々に、私が異論を言っても仕方あるまい。ノセダには大きなブラヴォーが飛んだ。

終演後、昨日のモントルーと同じように、会場入り口に近い楽屋口では、主演の歌手陣の歓談が繰り広げられており、イリアとイダマンテの2人にサインをきっちりいただいた。今回は、とりわけ女声陣に大きな収穫を得た。

というわけで、23:30過ぎ、宿に帰還。正直、フリットリの降板を目にしたときと、ちんけな舞台に衝撃を受けたときは、「何で、わざわざイタリア北端のこんな町に音楽を聴きに来たのだ…」と、大いにガクッときたのだが、今後世界を股にかけて活躍するであろう若手の立派な歌唱をじっくり聴けただけでも、大きな収穫だった。フリットリの降板も、結果としては良かった、と自らを慰めた次第。

それにしても、ホールもあんなにしょうもないし、町にもそれほど魅力がないのに、この音楽祭には、今年、ウェルザー=メスト/クリ―ヴランド管弦楽団、アシュケナージ/シドニー交響楽団、マリオ・ブルネッロ、エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団、トーマス・ツェートマイヤー、ピョートル・アンデルジェフスキ…といった大物たちが来演している。しかも、ウェルザー=メスト/クリ―ヴランド管は、『英雄の生涯』、アシュケナージ/シドニー響は、スクリャービンの交響曲第3番をやるというのである。本当にあんなホールで演奏できるのか、甚だ疑問だが、逆に、あの小さなホールの、(良く言えば)アット・ホームな雰囲気の中で、『英雄の生涯』を聴いてみたいという気もする。

翌日も、またまたハードな移動スケジュール。

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この記事へのコメント

ジョバ君
2016年08月31日 14:33
始めまして。「ストレーザ音楽祭」を検索しましてこちらへ伺いました。宜しくお願いいたします。
お書きになったのが何時頃かと見ましたら、2010年でした。
現在はどうなっているのでしょうか?
個人で行きますので、しっかり調べないと怖いのですが、様子がわからず「音楽専門」の旅行会社の方に尋ねましたが、「聞いたことがない」と言われがっくりしていました。
何となくワクワクしてまいりました。
本当は、夏休みにロカルノ・ベリンツォーナ方面へ行きたいのですが、音楽が付かないと腰が上がらない私なので、このストレーザ音楽祭の発見は希望の星です。
音楽祭のHPらしきものも分かりにくくもう少し検索することにいたします。
又、旅行記を読ませて頂き、私が行った公演に重なるものがありましたのでそちらにもお邪魔させていただきます。
今後も宜しくお願いいたします。

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