アンドラーシュ・シフ ピアノ・リサイタル 2/18

アンドラーシュ・シフが、いずみホールに登場。個人的に、シフは、現役ピアニストの中で、一番贔屓にしている演奏家。何より、音楽に清潔感が溢れている。このピアニストのバッハやモーツァルト、シューマンを日頃愛聴しているが、今日はオール・ベートーヴェン。しかも後期3大ソナタを休憩なしで弾くという重量級プログラムだ。

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ベートーヴェン作曲

ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調
ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調
ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調

休憩なしの70分間は息つく暇もなし。シフが聴き手を音楽にどんどん引き込む。

まず、これほど音色に富んだピアノが弾けるピアニストが他にいるだろうか? このピアニストは、音の引き出しが本当に多い。今日は、スタインウェイを使った演奏だったが、「これがスタインウェイ!?」て言いたくなるくらい、音に円みがある。クリアでありつつも、どこか含みのある音色は、まさにシフだからこそなせる業。

さらに、シフのベートーヴェンは、まさしく「シフ色」が充溢する。

例えば、音の自在な伸縮。譜面通りの拍節感にとらわれず、音楽に余裕がある。そもそも、ピアノという楽器の音は、例えば高音をフォルテで連打されると、心臓が凍ってしまいそうになることがある。しかし、シフは、高音をフォルテで弾く前に一息入れ、満を持して鍵盤を叩き、音を存分に響かせる。物理的なテンポが遅いわけでもない。しかし、これほど音楽をふくよかに響かせるシフのタッチには、どれほどの秘密が潜んでいるのだろう? 俄には想像がつかない。

中でも、第31番の第3楽章終盤、フーガ主題の反行形が立ち現れる箇所など、全くの「無」の状態の中から沸き上がってくる深淵な音楽世界に、背筋が「ゾクゾクッ」とくるほどの戦慄を覚えた。

そして、このコンサート最大の白眉は、何と言っても、第32番の長大な第2楽章だろう。ベートーヴェンの音楽作品の集大成ともいうべき、超越的な音楽世界。シフのピアノは、ベートーヴェンの肉声を語っている。

精神論的な話を述べて恐縮だが、ベートーヴェンの後期ピアノ・ソナタや、後期弦楽四重奏曲、さらに、『ミサ・ソレムニス』のような作品からは、時折、ベートーヴェンの生の声が聞こえてくる。聴力を失ったベートーヴェンの、心の声が聞こえてくる。ピアノ・ソナタも、弦楽四重奏曲も、もはや、純然るソナタ形式を超越し、楽章構成の縛りからも解放される。まさに、心の声を譜面に綴っているのだ。

この心の声を「語る」とき、そこに「演奏家」というフィルターを介在させると、生の声がかき消される。ベートーヴェンの生の声が聞こえてこない。しかし、シフは、「音楽そのものをして、全てを語らしむる」のだ。ベートーヴェンが、ひたむきに音楽世界に浸り込む姿が、浮かび上がってくるようではないか。

確かに、往年のベートーヴェン弾きに比べると、筋肉質な造形性から距離を置く分、生ぬるく聴こえた面もあるだろう。だが、ベートーヴェンの内面的な人間の声に、静かに耳を傾けても良いのではないだろうか?

アンコールでは、バッハの平均律から2曲と、シューベルトの即興曲1曲。シフのバッハも聴けて、まさに至福。2月の段階にして、今年のベスト・コンサート候補が登場である。

なお、第32番の最後の一音が静かに消えていくとき、客席からベルのようなノイズが入った。何かの妨害としか思えない。

昨年9月、ドイツで聴いて以来(inエッセン 9/12)のシフだったが、真摯な音楽は、常に感動を約束してくれる。最高の音楽家だ。





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この記事へのコメント

sony
2011年03月05日 11:56
この記事を拝見し東京で行けばよかったなと後悔したのですが、NHKで昨晩放映され幸いでした。
プログラムは同じものでしたのでコメントがひしひしと心に響きました。本当に品のよい演奏というのはこういうのを言うのでしょうか。TVでのコメントからもそれが伺えました。
椅子に浅くかけていたのが印象的で、それでも気負いをあまり感じさせず仕上げていましたね。あまり顔の表情には出ませんが胸のうちは心豊かな方だと思いました。最近若いピアニストの派手な演奏からすると対照的で印象深かったです。このごろベートーベンの室内楽などを聞くことが多かったので、今回はピアノを静かに楽しむことができました。法善寺差様の記事に感謝して。
法善寺宗右衛門
2011年03月05日 21:09
sonyさま

またまた、嬉しいコメントをありがとうございます!
自分自身も、昨晩、再びNHKでシフの演奏会を聴きなおして、惹きつけられました。sonyさまのおっしゃる通り、本当に、品がいい音楽でした。しみじみ、聴き入ってしまうような演奏です。

シフのベートーヴェンのソナタがリリースされた時、あまりにも瑞々しいベートーヴェンにすっかり魅了されて、あっという間に全集を揃えてしまいました。本当に、sonyさんのおっしゃる通り、感情豊かな方なんだろうなぁ、と想像しています。

それにしても、ベートーヴェンの室内楽、本当に素晴らしいですよね! 自分自身は後期弦楽四重奏曲などを楽しむことが多いのですが、sonyさまはどのような曲がお好きなのでしょうか? また、ぜにお聞かせください!
sony
2011年03月06日 23:05
法善寺様もご覧になっていたのですね。よかったですよね。まだ余韻があります。
さて、ご質問のことです。以前は室内楽に興味がなかったのですが、偶然知り合った方が室内楽をプロデュースし公演をおこなったり、作曲などをなさるので、影響され2年ほど前から力を入れて聞くようになったのです。(ちなみに友人がプロデュースしているのはYAMATO室内楽楽団ですーCDも出しています)ベートーベンの曲はポピュラーなバイオリンやピアノコチェルトをはじめ交響曲だけでした。ところがです、昨年樫本大進、趙静、リフシッツによるベートーベンのピアノ三重奏曲5番、6番、7番を聞き魅せられてしまったのです。それ以前にもいくつか室内楽を聞きましたが、この三重奏団が素晴らしかったのです。テレビでも樫本大進を中心に4重奏をしていました。それでベートーベンの室内楽をもう少し研究しようと思っているのです。
友人の話によると弦楽四重奏団で今いいのはエクセルシオとのことでした。やっと切符が取れたのです。あさって東京文化会館小ホールでありますので楽しみにしているところです。
法善寺様のように歴史的に音楽的に詳しくないのですが昔から聞いているベートーベンはやはり落ち着きます。
昨年のNHK音楽祭でバーヴォ・ヤルヴィがベートーベンの5番を振りました。これはかなり斬新な演奏でした。出だしが大変速いのです。交響曲全集が出たばかりだとか評判がいいようです。
法善寺様のように造詣が深いわかではないので、これから少し勉強します。しかし、法善寺様の音楽の解釈から学ぶものが多いのですよ。
それにしても全集をお買いになるとはすごいですね。

sony
2011年03月06日 23:22
追記
今晩N響アワーでベートーベンのバイオリンコンチェルトをやっていました。若きジュリアン・ラクリンは繊細な音を響かせていたのですが。実際にNHKホールで聞いたのですが2階席だったのでしょうか出だしのピアニッシモの音が聞こえなかったのです。今日の映像でも同じでしたから私の耳や席のせいではないことがわかりました。技巧的にも音楽的にも素晴らしいのですが、いまいち盛り上がりが少なかったように思われます。以前チョウ・キョンファやレーピン、ツインメンマン、樫本大進などのソロを聞いたことがありますがそれと比べてしまいますから・・・しかし映像で見たり聞いたりすると会場では見られない指揮者や演奏者そして交響楽団員のアップがみられ楽しめます。それから会場で聞いたものを追体験でき楽しみが倍増です。NHKの映像の編集はうまいですね。法善寺様はこの放映をご覧になりましたか。
法善寺宗右衛門
2011年03月07日 01:33
sonyさま

ご丁寧なコメント、ありがとうございます!

それにしても、お知り合いの方が、四重奏団を組織しておられるのですね! YAMATO弦楽四重奏団、早速、検索してみました。なるほど、山田耕筰の弦楽四重奏曲などを録音しているのですね。山田耕筰がカルテットの音楽をかいていることは、初めて知りました。また、ぜひともYAMATO四重奏団の演奏にて聴いてみたいと思います。

また、樫本大進らのすばらしいトリオを聴かれたのですね! 羨ましいです。ベートーヴェンのトリオは、『大公』などを少し聴いたことがあるくらいなのですが、sonyさんのコメントをお読みし、もう少し聴いてみたくなりました。樫本大進は、BPOのコンマスに就任して大活躍ですね。期待したいです。

明後日はエクセルシオを聴かれるんですね! 自分も、かつて、一度だけ聴いたことがあります。ダン・タイ・ソンとの共演でした(こちらです→http://sake-onnna-uta.at.webry.info/201005/article_2.html)。技術もしっかりしていて、出色のカルテットだと感じました。ご感想をお聞かせいただくのを楽しみにいたしております!

ヤルヴィの『運命』は、自分自身も、テレビにて、興奮しつつ鑑賞しました。まさに、流行の最先端をいく演奏ですね! 手に汗握りました。たしかに、演奏そのものは、かなり快速テンポでした。自分自身は、このコンビのシューマンを聴きましたが、大阪の「いずみホール」という、中規模なホールでの演奏でした。たしか、『運命』は、NHKホールでの演奏でしたよね? 室内オケでしたので、あの巨大なホールに音がしっかり響いたのか、唯一気がかりではありました。ホールの規模って、意外と音響的にみて大事ですよね(^^)




法善寺宗右衛門
2011年03月07日 01:46
また、N響アワー、自分自身も鑑賞いたしました!

ラクリンは、1月に、北ドイツ放送響の定演のソリストとして聴いたところでしたが、今日のベートーヴェンを聴き、一層特徴が分かった気がしました。まさしく、sonyさんのおっしゃる通り。弱音にも気を遣い、それこそ室内楽に向くような、なんとも繊細な音楽でした。

個人的には、さらに、チョン・ミョンフンの音楽づくりに興味を持ちました。CDで聴いた演奏や、過去に何度か聴いた実演の記憶では、ずいぶん歯切れの良い、推進力に富んだ演奏をする指揮者とのイメージがあったのですが、このベートーヴェンではずいぶん重厚で、堂にいった様子。新たな一面を垣間見た気分です。コンチェルトでも、暗譜で指揮していましたね!

ただ、以前から少々気になっているのですが、ミョンフンの音楽は、どこか、オケの響きそのものがクールなような気がしています。sonyさんは、実演で聴かれた際、どのようにお感じになりましたか? 自分自身は、曖昧な印象で言っているだけなのですが、どうも、分厚い和声感を表に出すという演奏と一線を画する音楽を作る人ではないかなぁ、と感じていました。また、sonyさんのご感想をお聞かせください(^^)

なお、『幻想交響曲』もまた是非聴いてみたいです。

自分自身、下手の横好きで、勝手気ままに更新しているだけなのですが、sonyさんにご丁寧にコメントを頂き、本当に、毎度毎度嬉しく読み返させていただいております。

これからも、また演奏会のご感想など、ぜひお聞かせください!
sony
2011年03月10日 18:38
ミョンフンの指揮が資金クールと感じられたとのことですが、実際に見たときにも私も同じように感じました。以前はこれでもかというほど熱が入っていたように思います。形相も変えて振っていました。大声を出さないまでも唸るような振り方でした。指揮の仕方も体の動かし方からしても今回は円熟したというか何度も演奏しつくした感でした。しかし、「幻想交響曲」は曲もそうですが、もう少し熱が入っていて管も打楽器も弦も音がひびきましたが、前回のような感動はなかったのです。残念ながら。
以前に「フィガロの結婚」の記事のときに聞いてみたいと書いたことがありますが、4月に二期会の60周年記念公演があります。切符を取れました。楽しみにしているところです。そこで発見です。「アイーダ」の記事の書き込みに大仁田雅彦様がコメントしていらっしゃいましたが、今度のフィガロの結婚も同じ方の舞台監督です。宮本亜門の演出ですがどんなものになるか楽しみが倍加しました。
法善寺宗右衛門
2011年03月11日 15:40
sonyさま

ミョンフンを実演にて聴かれたご感想、非常に興味深く読ませていただきました。sonyさんのおっしゃる通り、ミョンフンの音楽は、もう少し、「響き」そのものに豊かさがあってもいいのになぁ、と思うことが多々ありました。

『幻想』が、かつての方が熱を帯びていたとのことも、興味深いです。ちょうど、6月頃に、ソウル・フィルと再来日するそうで、聴きに行ってみたいのですが、社会人生活との兼ね合い上、聴きに行けるかどうかは、かなり際どいです…。

そして、『フィガロ』ですね! 二期会の『フィガロ』、調べてみましたら、デニス・ラッセル・デイヴィスが指揮するのですね! ブルックナーのイメージが強い指揮者だけに、どんな『フィガロ』を振るのか、興味深いです。そして、宮本亜門の演出も、面白そうです。また、sonyさまから感想をお聞かせいただくのを、楽しみにしております。

大仁田さまが舞台監督を担当されるのですね! それも楽しみです。『アイーダ』は素晴らしい舞台でしたので、『フィガロ』も楽しみになさってください!!

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