【in エッセン】エッセン歌劇場 ネトピル指揮 『エレクトラ』

およそ5年ぶりのヨーロッパだ。以前、好き勝手に放浪三昧をしていたのは、大学生のころ。時間が有り余っており、夏場に1~2カ月訪れては、ロンドンからローマまで好き勝手に動き回りながら、一流の演奏に触れ続けることができた。いま思えば本当に大きな財産だ。就職すると、めっきり時間もなくなった。東京に住み、それなりにコンサート通いもつづけたが、やはり日本のチケットは高い。悶々とし続けること5年・・・。1週間単位の連休を確保できたことを好機と、久々の音楽放浪を決めた。

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そう長い期間ではない。期間内で、できるだけ「元をとる」ことができるような旅程を組みたい。このご時世、ウィーンフィルもベルリンフィルも、海外の一流オーケストラが頻繁に来日していることを考えれば、やはり触手が伸びるのは「オペラ」だ。ちょうど、復活祭の時期と重なり、「イースター音楽祭」も開かれている。ドイツ・オーストリアにてオペラ6連夜のヘヴィーな行程が出来あがった。もっとも、大学4年生の冬には、オペラ10連夜という狂気の沙汰も経験したけれど・・・。

仕事終わり、羽田発のNH203便にのる。東京を午前1時過ぎに発ち、同日の午前5時過ぎにフランクフルトに着く、深夜便だ。これが良かった。これまで、飛行機の中で不眠にたたられてきたのだが、深夜、それなりに酒を飲んで乗っていると、自然に眠気が来る。機内サービスは日中の便ほど充実していないかもしれないが、ワインを数杯飲んで、目覚めた頃にはもうモスクワ上空を飛んでいた。そこから読書をしたり、またウトウトしたり・・・そうこうしているうちに、飛行機はフランクフルト・アム・マイン国際空港に着陸した。

日本を発つ数日前、ベルリンの路上で車が爆発し、1人が亡くなるというニュースがあった。そして、日本出国当日、ベルギーで大規模な自爆テロがあり、30人を超える犠牲者が出ていた。5年前に放浪していた時勢と比べると、ヨーロッパも激動の世界情勢の渦中にあるのだと痛感する。パリでも、同時多発テロがあったばかりだ。標的にされたのが劇場というのもあり、パリでのオペラ観劇は、今回は見送った (いい演目があったのだが・・・)。ドイツも、EU内での難民受け入れの最前線に立っているが、近隣の欧州諸国の内情不安に突き動かされ、人道主義と現実のはざまで、国論が割れているとも聞く。そんな最中にドイツを訪ねて、ヨーロッパの“いま”の温度感を、肌身で感じたいという思いもあった。

ベルギーの空港でのテロを受け、フランクフルトも警備が厳重だ。入国審査の警察官の目つきが突きささる。今回、オペラ観劇の旅ということで、ジャケットを着て行ったのだが、「入国目的は?」と聞かれて「観光です」と答えたら、「え?本当に観光か?ビジネスじゃないのか?」と訝しがられた。こういうときは、嘘も方便なのだろうか・・・。

到着は、午前5時20分。そこからもろもろの入国手続きをしても、まだ6時。DBのオフィスで「ジャーマンレールパス7日間」のヴァリデートをしてもらう。初日の目的地は、エッセン。ルールを代表する工業都市だ。“世界一美しい炭鉱”と称されるツォルフェライン炭鉱があるが、到着初日から炭鉱見学というのもなぁ・・・。実は、今回、一週間の滞在中に6演目を詰め込んだため、ご多分にもれず、「大移動→観劇」「大移動→観劇」の繰り返しとなる。純粋に観光を楽しめるのは、今日しかない。ということで、これまた気まぐれで、午前中はアーヘンを訪れることに。さっそくICEに飛び乗る。こういうのができるから、レールパスの旅は勝手がいい。

アーヘンは、ベルギーとの国境の街。飛び乗ったICEは、ブリュッセル行き。前日にテロさえなければ、ブリュッセルに足を延ばしての良かったくらいなのだが・・・。でも、さすがに、ブリュッセル行きの高速鉄道に乗るだけでも、正直怖かった。なんせ、テロ対象になってもおかしくない列車である。誰かが突然大声でも上げ始めて・・・と考えただけで身の毛もよだつ。しかし、ヨーロッパの人々は、まさにこうした危険と、背中合わせで生きているわけである。

アーヘンは、若きカラヤンが、音楽監督として台頭した街だ。大昔は、カール大帝が気に入り、保養先としていたという。アーヘン中央駅から、旧市街に向かう。それなりに距離がある。さすがベルギー国境の街。警察官で溢れている。上空をヘリが飛び交う。ベルギーへ飛ぶマスコミのヘリだろうか。かなりの低空を、耳をつんざくような音で飛んでいく。

旧市街は、歴史あるドイツの街並みを象徴するような、何とも可憐で味のある石畳が続く。所せましとパンが並べられたパン屋が情緒を彩る。決して大々的に観光化された街ではない。メルヘンの世界を凝縮したような街並みを市役所まで歩いていると、「そうそう、これがみたかったんだ」と、気持ちが乗ってくる。

アーヘン大聖堂は、カール大帝のころに建てられたようで、世界遺産だ。その存在感がすごい。ステンドグラスは壮麗をきわめる。高い天井に目を凝らせば、重厚な天井画に息をのむ。訪れたのは午前9時。ミサの前だったから、ゆっくりと見て回ることができた。

大聖堂を出ると、低く雲が垂れこめた曇天の空から、霧雨が降ってきた。5年前に感じた、ドイツの冬の空だ。ゲーテが、メンデルスゾーンが、イタリアに抱いた憧憬や愛着のワケを感じる、陰鬱な空模様だ。片手にトランクとカバン、片手に地図と傘。これはかなわない。石畳は風情があるが、トランクが石と石の隙間に食い込み、引くのが大変だ。雨で傘に手間を捉えると、いっそうエネルギーが吸い取られる。

動きまわるのも嫌なので、観光ガイドに載っていた、温泉施設を訪ねてみることにした。アーヘンは、カール大帝の頃から温泉地として名高かったそうで、旧市街地でも、時折ほのかに硫黄が香る。

この温泉体験が衝撃的だった。街の市立公園の一角にある、カロルス・テルメンという施設。そりゃ、日本のスーパー銭湯とはわけが違うだろうくらいは思っていたが、全く勝手がわからない。受付で変なコインを渡され、「利用は初めてですか?」と聞かれたので、「はい」と答えると、「フフッ」とほほ笑んで、「楽しんできてねー」みたいな感じで送り出された。「あれ、ヨーロッパの温泉って水着着用じゃなかったっけ?タオルはあるの?水着もタオルも持ってないから貸してほしいんやけど?そもそも、このコインはなんや?」と、頭にいろんな「?」を浮かべながら更衣室らしきところに行く。バスローブをきたオッサンや、○段腹の淑女が、思い思いの格好で浴場に行っている。「どういうこと?」と、ロッカーを開けてみる。当然、バスタオルも水着もない。慌てて受付に戻り、「すみません、タオルも水着ももってないんですけど・・・」と申し出ると、「え?タオルはそこで借りれるよ!」とのこと。早よ言うてくれ・・・。

ところが、タオルの貸出サービスはあっても、水着の貸出サービスはない。「販売オンリーです」とのことで、10ユーロ以上するらしい。荷物が増えてアホくさい。「やっぱ帰ろかなぁ」と逡巡していると、「サウナの利用だけなら、タオルだけでOKよ」と言われ、「じゃあそれで」とタオルを借りる。4ユーロ。脱衣所に歩いて行くと、知らないうちに土足禁止エリアになっており、ふてぶてしいオッサンに「おい、ここ土足禁止やぞ」みたいに指摘され、少々気分を害する・・・。

脱衣所でタオルを巻き、サウナへ。温泉とは行っても、プール施設みたいな感じで、1Fが大きなプール、2~3Fがサウナ施設(+温泉も少々)となっている。プールには、平日の午前中にもかかわらず、老若男女、さまざまな人がプカプカ浮いている。そそくさと階段を上がってサウナエリアに。入り口に「コインをかざしてね」と書いてある。そこにさっき受け取ったコインをかざすと、解錠され、中に入れる。コインは、日本の温泉施設によくある、腕に巻くバーコードみたいなものだった。

さて、衝撃的だったのは、このサウナだ。一歩足を踏み入れたら、そこには全裸のおじさん・おばさんがウヨウヨしているではないか!全く見たくないのだが、あまりの光景に、呆気にとられた。この施設は、複数(10以上)のサウナといくつかの内湯・露天があって、色々と回って楽しむ構造になっている(日本にある同様の施設とよく似ている)。回遊する通路は、別にタオルを巻いていてもいいはずなのだが、みんな裸なのだ。全裸のおっさん・おばはんが、すれ違いざまに「ハロー」とか言っている。何なんだ、ここは。

目のやり場に困ったので、誰もいないサウナにそそくさと駆け込み、一息。と、暗くてよくわからないが、女性が一人入ってきた。サウナの外でバスローブを脱ぎ、手にはバスタオル。裸で入ってきたのである。奥まで進むと、イスにおもむろにバスタオルを広げ、そこに横たわり、寝始めた。あまりの異文化コミュニケーションに、「どひゃー」と絶叫しそうになった。

朦朧としながら屋外に出る。外気は寒い。しばらく進むと、露天風呂がある。そこでは、これまた全裸の老若男女が、沐浴を楽しんでいる。自分も沐浴に加わる。次から次に、裸の人が来る。セクハラ承知なのだが、本当に、若い女性も、まったく恥ずかしげもなくやってくるのである。あと、カップルとか。サウナにも、裸で横たわる人がうじゃうじゃ。イヤらしさみたいなものは、もはや感じないのだろうか?この辺の感覚の違いが分からない。色々手間取ったこともあって、滞在時間は2時間余り。サウナ自体は気持ちよく、温泉は少々ぬるめ。ただ、そういう感覚をふっ飛ばすくらいに、衝撃を受けた。

アーヘン中央駅まで、トランクを引きながら30分歩き、列車を待つ間バーでビールを一杯。その後、エッセンまで2時間REに乗る。ケルン・デュッセルドルフを経由し、16時、初日も目的地、エッセンに到着。工業都市だから、そんなに景観もよくない。タバコの吸い殻が敷き詰められた駅前通りを少々歩き、DBの線路に面したホテルに投宿する。

初日の演目は、リヒャルト・シュトラウスの『エレクトラ』だ。ヘヴィーな演目だが、2時間足らずで終演する。この日、バイエルン国立歌劇場では、メータ指揮の『仮面舞踏会』という魅力的な演目もあったが、錚々たる歌手陣の出演という事情もあって、とっくに売り切れ。初訪問のエッセン歌劇場(アールト音楽劇場とも呼ばれているらしい)の実力調査、という名目で、チケットを買った。パルケット10列目という超良席ながら、60ユーロにも満たない額で買える。この辺、本当にヨーロッパの音楽事情はうらやましいなぁ。さすがだ。

ヨーロッパ初日の音楽鑑賞は、個人的に、これまであまりいい思い出がない。6年前の放浪第1回。スイス到着翌日、ルツェルン音楽祭でサロネン/POのマーラー『悲劇的』を聞いたが、大爆睡した。結構な爆演だったようだけど・・・。第3回の時もひどかった。1月、ベルリンに入り、翌日、ハンブルク歌劇場で、S・ヤング指揮の『パルジファル』を観た。精神の苦行だった。ドヨーンとした音楽と舞台が、ゆーっくりと進んでいく。「本当に、いま時は進んでいるのか?」。意識が何回飛んだことか。体調不良もたたり、生きるか死ぬか、という世界だった。

そして今回だ。飛行機の中で熟睡出来たとはいえ、ドイツ到着初日。時差ボケもある。午前5時台にドイツに着いて、ずっと起きている。オペラ開演は、日本時間の午前3時半。「寝落ちないように、今のうちにひと眠りしておこう」とホテルで横になるも、こういう時に限って、眠れない。世の中には、「いつでもどこでも寝れる」という人がいる。うらやましい。特殊技能だと思う。

大して眠れないうちに、アールト音楽劇場へ。懐かしい。2010年の夏、エッセンのフィルハーモ二―ホールを一度訪れていた。劇場前の公演には、野ウサギが走り回っている。開演15分前に到着すると、ロビーは、ワインやシャンパンで社交に華を咲かせる紳士淑女で溢れかえっている。アジア人はほとんどいない。さすがに、エッセンのオペラハウスまでくると、ウィーンなどとはわけが違う。

このオペラハウス、前評判は色々聞いていた。たしか、前の音楽監督は、シュテファン・ゾルテス(ショルテス?)とかいう人で、『指環』の良質なプロダクションを出したりしていたようだ。そして、その後任がトマシュ・ネトピルだ。日本への客演でもけっこう名前を聞く人で、新国立劇場で『オランダ人』を振ったりもしている。『エレクトラ』という演目と、ネトピル、および、歌劇場の底力を確かめようと、チケットをとった。

19時半開演。強烈な轟音とともに、この血なまぐさいオペラが幕を開ける。舞台は、3方血ぬられた壁で閉ざされた、シンプルな空間。侍女たちが噂話をしている入りからして、それほど奇を衒った演出はなく、胸をなでおろす。

全体の印象として、極めて良質な舞台であり、演奏。このネトピルという指揮者の音楽はとても良い。轟音でも、決して荒々しすぎず、何より、エッセンフィルの豊穣な弦を、存分に響かせてくれる。エッセンフィルも、めちゃくちゃ上手いではないか。クリソテミスが、エレクトラに復讐を思いとどまらせようと独白する場面の節回しの美しさなど、むせかえるシュトラウス節に酔いしれる。以前、ザルツブルクでガッティ/VPOの超ド級の演奏も聞いたが、ネトピルのエレクトラは、良い意味で音楽が均整を保ち、むやみな管の咆哮や打の突出を抑制する。

この指揮は、演出とも統一がとれている。『エレクトラ』は、“エレクトラ・コンプレックス”という言葉にも表象されるサイコ・オペラである一方で、『サロメ』で高められたシュトラウスの劇的なオーケストレーションが、『アラベラ』や『ばらの騎士』で極められるモーツァルト志向的な美しいオーケストレーションと、絶妙な具合でブレンドされたオペラでもある。シュトラウスのエッセンスがつまっており、その芸術性の最高峰の一つでもある。だからこそ、このオペラに多角的に光を当てて、管弦楽法の天才の側面、メロディストの側面、オペラ作曲家の側面、いずれもを立体的に示してくれると、サイコ・オペラの一本調子な印象もぬぐえる。ガッティは、良くも悪くも「サイコ」で貫き、歌い手にあえて負担を強いた。エレクトラ、クリソテミス、クリテムネストラの絶叫に最強のトゥッティをかぶせ、「おい、聴こえないぞ!」と迫るドSな感じがすごかった。が、印象論として、あの上演は、正直退屈してしまったのだ。せっかくピットに入っていたのがVPOなのに、もったいない。

正直、このエッセンの上演の方が、面白かった。演出が分かりやすいというのもあると思う。が、やはり、演奏・歌唱と演出が、三拍子そろっていて総合点が高かった。ネトピルの演奏は、「もっと劇的に!」というオーダーに対しては不満が残るかもしれないが、音楽に対する慈愛、歌手に対する優しさに満ち、心地がいい。

演出もよかったが、なにより素晴らしかったのは、陰影に富んだ照明だ。その場面場面の心理風景に合わせて、舞台は血ぬられた赤から、回顧的なオレンジにまで、自在に転換していく。エレクトラとクリソテミスのやりとりでは、それぞれの影に、意図的に「ドッペルゲンガー」が現れるように工夫され、複雑な心理を際立たせる。

終始印象的だったのは、エレクトラが「幼女」として描かれていたことだ。サイコ的な、鬼女ではない。舞台後方には、「ママ、パパはどこ?」と血で大きく書かれていて、また、エレクトラは終始父アガメムノンとの2S写真を思いで部影に慰撫し続ける。こういう幼女の物語に仕立てる方が、「気持ち悪さ」は増す。

歌唱もよかったが、演技もいい。演劇性が極めて高く、エレクトラだけでなく、クリテムネストラの性格的なメゾも印象的だ。登場するやいなや、天井から人や動物の死骸がドサッと大量にぶら下がって来て、そこから延びるチューブで、自らに血を供給する。自らの過去にとらわれる彼女のいまを際立たせる。エレクトラがクリテムネストラに復讐をささやく狂気の場面は、まさに身震いする。

最後、クリテムネストラとエギストが死に、エレクトラが恍惚となる中、オレストは自ら手首を切って死に、とどめの一撃の最後の爆音で、エレクトラ自身が首を切って自刃する。「そう来たか」と、客席からは笑い声。いやはや、何とも目の肥えた客たち。ポツポツと沸き上がり、カーテンコールで爆発する拍手も、品があっていい。エレクトラとクリテムネストラ、そしてネトピルに、拍手とブラボーが集中した。

1時間45分の上演で、9時20分には終演。そそくさと市街地に向かい、今宵の“居場所”探し、エッセンの街は、10時前にも関わらず店がほとんど開いておらず、閑散としていた。
「まずいな・・・」と思っていたが、ホテルで紹介してもらったステーキハウスが開いていたので、入る。ヴィーナー・シュニッツェルを注文しつつ、500ミリビールを2杯。シュニッツェルにはサラダがついていて、助かった。それにしても、シュニッツェルの横に盛られたフレンチフライの量!草履のように大きなシュニッツェルとともに、なかなか量が減らない。これぞドイツ料理だ。さして美味くはないのだが、「これこれ!」とどこか懐かしい。なんとなく、ザウアークラウテも食べたくなってくる。最後に赤ワインを1杯飲み、23時前にホテルに戻る。夜風が冷たい。まだ冬の気配を引きずる。

さすがに移動がこたえたか、この夜は気持ちよく眠った。

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この記事へのコメント

sony
2016年06月10日 23:45
お久しぶりです。五年ぶりにヨーロッパ行脚おめでとうございます。一連の記事のすばらしさを堪能しました。休みを利用されいい旅をなさいました。
東京にお住まいとのこと、コンサートは多いですが高すぎますね。でも今年は無理しても楽しむことにしました。秋のNHK音楽祭は全部行くことにしました。すべてがいいとは限りませんが・・・
これからも東京でのコンサートのコメントが読みたいです。楽しみにしています。

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