【雑記帳】2018年のコンサートを回顧する

せっかくなので、2018年のコンサートを総括しておきたい。足を運んだのは45公演で、真のコンサート愛好家の皆さんほどの回数は聴けていないかもしれないが、「これは!」と思える公演にはいくつかめぐり合えたので良かった。とりわけ印象的だった公演は2つ。順に回顧したい。そして、それに伴って昨年蒐集した印象的なCDの感想も記したい。

まずは、6月に聴いた、ヤクブ・フルシャ指揮のバンベルク交響楽団。プログラムはマーラーの3番。この演奏で、この交響曲の真の魅力に開眼した。指揮棒を持たずに振ったフルシャの指揮は最高に音楽的。マーラーの若書きのエネルギーがほとばしるこの交響曲を、思いっきりの熱量で表現してみせた。圧巻は第1楽章。長大で混沌としたこの音楽を、鮮やかに一幅の絵巻のように、かつスタイリッシュに描き上げた。バンベルク響はあまりの凡ミス連発でガクッとは来たものの、弦のうねりの立体感は申し分なく、サントリーホールの舞台下手側のサイド席の自席から、舞台上で渦巻くオケの磁場が目視できるような錯覚すら覚えた。大好きなフィナーレでは、滋味溢れる音楽表現にもう一歩磨きをかけて欲しいと不満を多少覚えたものの、重層的な弦の味わいはさすがの老舗オケ。充足しきった気分で拍手を送った。

そして、この演奏を通じて、この交響曲の真の魅力に開眼。CD蒐集に拍車がかかり、大量に3番の音源を取り寄せた。結果、やはりバーンスタインのマーラーは別格で素晴らしいという下馬評に、遅ればせながらたどり着いた。テンポ設定といい、共感に溢れたルバートと言い、まさにどこを切り出しても「ザ・マーラー」。舌を巻くほど見事だったので他のナンバーも集めてしまい、多額の出費を伴った。5番や6番は案の定素晴らしいが、意外と1番はピンと来なかった。逆に、3番の方ではピンと来なかったアバドの1番の素晴らしさに開眼。

もう2種、3番で打ちのめされたCDを挙げると、ティルソン=トーマス盤とギーレン(Altus)盤。とりわけティルソン=トーマス盤は最近の音盤の中では出色である。サンフランシスコ響の強烈な表現力に支えられたフォルテには確信が込められている。ギーレン盤も、引き締まった強力なマーラーに引き込まれる。

さて、コンサートの方に話を戻す。もう一つ、忘れ得ぬコンサートは、やはり何を差し置いても11月の東響、ノット指揮によるラフマニノフの交響曲第2番。これまた、この交響曲の本当の魅力に気づかされた。この美メロのオンパレードの交響曲の音楽的な構造をゆるやかなテンポの中で白日の元にさらけ出し、高解像度で鮮やかに示し出した。

このコンサート、前プロのブラームスのピアノ協奏曲の2番が、非力なピアニストの印象も伴って芳しくなかったのだが、後半、印象が180度変わった。恐るべき熱量で旋律を歌い上げる東響に背筋が震えた。

ノット/東響で言えば、去年は『フィガロ』とブルックナー9番なども聴いたが、いずれも見事な演奏だった。このコンビ、相当に相性がいいと見える。当面目が離せないし、ホーム・川崎の応援団の一体感も見事だ。まるで甲子園での阪神の応援団のごとく、アツい。

オペラでは、二期会、そして東京・春・音楽祭それぞれの『ローエングリン』、そして、10月のバッティストーニ/東フィルの『アイーダ』が圧倒的だった。

本当に心が震えるコンサートは、20公演に1回くらいしかめぐり合わないのだが、一方で「これは!」という演奏にめぐり合えた時の感動は、まさに生でクラシック音楽を楽しむ醍醐味だ。だから行脚がやめられない。ことしもできる限りコンサートに足を運びたい。

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