ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 5/18

快進撃が続く、ジョナサン・ノット監督と東京交響楽団の定期演奏会をオペラシティ・コンサートホールで聴く。このコンビ、先日CDでもリリースされたが、昨年11月のサントリーホールでのラフマニノフの交響曲第2番が言語を絶するほど素晴らしく、その翌月の『フィガロの結婚』も超絶的に楽しい舞台で、まさにいまノリに乗っているコンビである。きょうは、晦渋な(?)現代音楽2曲と、ベートーヴェンの交響曲第7番という、これまた癖のあるプログラムで、このコンビでなければ絶対に足を運ばないが、一か八かで聴きに出かける。

一曲目は、ブーレーズのメモリアルという曲。まったく知らない曲だったが、独奏フルート+8つの楽器という編成。プログラムに記載されているとこらによると、「痙攣的な美」を表現しようとしているとのことで、なるほど、終始出ずっぱりの独奏フルートをベースに、そこに弦がショッキングに音を重ねていったりする音楽。何となく趣旨は分かったが、それ止まり。

二曲目は、ヤン・ロバンという40代半ばのフランスの作曲家によるクォークという音楽で、作曲者含めてまったく見たことも聴いたこともない。実質的なチェロ協奏曲で、ソリストはエリック=マリア・クテュリエという男性のチェリスト。なんでも、以前パリ管の奏者をつとめ、その後ブーレーズに見出されてアンサンブル・アンテルコンタンポランの奏者となり、その界隈では第一人者として名が通っている人だそうな。この曲も、彼に捧げられているらしい。

この曲が、超ドギツかった。もうドギツイのなんの。心臓が何度も凍りかけ、命の危険すら感じた。これまた解説者によれば、「ノイズの美」を表現しているというが、少なくとも自分には「美」の要素は1ミリも感じられなかった。終始独奏チェロが大活躍するのだが、チェロが奏でるのはとにかく特殊な演奏効果による、歯の浮くようなハリガネ音や金属音ばかり。気持ち悪さが尋常ではない。冒頭から、ここにヌメッとまとわりつくかのようにオケが重なっていき、時折大太鼓が爆発的な強打をバンバン重ねていくから、心休まる瞬間など1秒たりともない。コンサートで初めて、聴きながら耳を塞ぎたい衝動に駆られ、ところどころ実際に塞いだ。

基本的には独奏チェロの歯の浮くようなソロの気持ち悪さに終始襲われ続けるのだが、曲の最終盤で、とんでもない恐怖が待ち構えていた。大オーケストラのトゥッティ、大太鼓な強烈な打撃付きの、とんでもない変拍子による不協和音が、最強奏で鳴り続けたのである。しかも、これがくどい!! 何かの嫌がらせとしか思えないのだが、絨毯爆撃のごとくノイズの最強奏に見舞われ続け、息も絶え絶えになったところで、ようやく25分の拷問のような曲が終わる。

ただ、逆に言えば、それだけとんでもない曲なわけであり、これを見事に演奏してのけたソリスト、そして東響は凄まじい。そして、スケッチブックサイズのスコアを透徹して読み込み全体を束ねた、ノットの読譜力、統率力もとんでもない。改めてノットの経歴を思い起こせば、この人もアンサンブル・アンテルコンタンポランの音楽監督と4年ほどつとめているわけで、現代音楽のスペシャリストなのである。恐るべき音楽性の持ち主である。

終曲後の客席の反応は、かなりの盛り上がりを示し、とりわけソリストには盛大なブラヴォーが飛ぶ。なかなか高度な聴き手が多いなぁと恐れ入った。ましてやブーイングのブの字もなし。やはり、ノットと東響というコンビネーションに対する絶対的な信頼が聴き手の側に根付いていると痛感した。逆に言えば、だからこそこれだけ攻めたプログラムが組めるわけである。なお、ソリストのアンコールに、クルタークとバッハ。

後半は、一転して、「超聴きやすい」ベートーヴェンの7番。

これまた、素晴らしく質実な名演だった。弦のヴィブラートは抑制され、バロック・ティンパニを採用していたものの、全体通してスッキリとしたフォルムの正攻法。テンポの緩急の対比はそれほど激しくないが、デュナーミクには終始気を配っていた。1楽章から決してリズムが重くならず、各声部がハッキリと際立ってクリアな名演。アタッカで葬送行進曲になだれ込んだが、この主題のフレージングに細部まで磨きがかけられており、ひんやりとした独特の質感が面白い。そういえば、管楽器がところどころで聴いたことのない装飾音を吹いていた。

第2楽章と第3楽章の間は一呼吸あって、そこから一気呵成に終楽章まで駆け抜けていく。この疾走感は見事だった。フィナーレでもデュナーミクはかなり細かく手が入っているのだが、作為的な印象はなく、まさに舞踏の神化を地で行くかのごとく熱狂の終結を迎えた。客席はかなりの盛り上がり。オーケストラはノット監督が出てきてもなかなか起立せず、2回にもわたって彼に花を持たせた。終演後は一般参賀あり。この現象、川崎だけではないらしい。

おそらく、この聴き手の熱狂は、前半の難解な現代音楽と、後半のベートーヴェンを見事に振り分けた、その手腕に対して向いていたのだと思う。たしかにすごい。客入りは8割程度だったと思うが、このプログラムで逆によくこれだけ入ったと思うし(実際きょうはコンサートの「当たり日」だったので、新日本フィル、日フィル、N響など、いくつも選択肢があった)、熱心なノット/東響ファンも多かったのだと思う。

ベートーヴェンも現代音楽も、マーラーもブルックナーも、モーツァルトもフランス音楽も、何でも振れてしまう、恐るべき指揮者だなぁと、改めて感じ入った次第。

そういえば、ノット監督、ベートーヴェンのフィナーレで、自分がちょっと目を離した隙に、指揮棒が消えていた。すっ飛ばしてしまったのだろうか…!?

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