沼尻竜典指揮 東京フィルハーモニー交響楽団 6/16

日曜午後のオーチャードホールにて東フィルの定期。沼尻竜典の指揮で、ベートーヴェンの『田園』とマーラーの『大地の歌』というシンフォニー・プログラム。一貫性があるようなないような…。沼尻のマーラーは、先日日フィルとの『巨人』を聴き、正直何がやりたいのかさっぱり分からず、かなり不満だったので、あまり期待せずに聴きに行く。が、今日は完全に良い意味で裏切られた!

嬉しい誤算は、前半の『田園』からして非常に素晴らしかったこと。編成は絞らず、響きはかなり分厚いのだが、とにかく音楽が豊かで、良い意味で大変牧歌的。第1楽章の主題からハッタリのない音楽。その後、全楽章通してとにかくテンポ設定が無理なく絶妙で、シンフォニーとしての均整が見事に取られている。リピートはすべて省かれていたが、今日みたいな長大なプログラムだったらこれはこれでありだろう。嵐の場面でもアホみたいに轟然と響かせることはなく、ティンパニの響きも地に足の着いた質実なもの。終楽章ではとにかく高弦の艶やな響きが神々しいまでに美しい。今日のような美しい演奏で聴くと、このフィナーレ、ベートーヴェンの第九の緩徐楽章と性格が似ている気もしてくる。祈るような主題が、変奏されて高められていき、頂点へ。素晴らしい音楽である。終演後はかなりブラヴォーも飛ぶ。

後半は『大地の歌』。個人的には、マーラー好きではあるものの、そこまで入れ込んでいる曲ではない。以前インバルで聴いてもそこまで入り込めなかった。

しかし、これまた沼尻氏はどうしたのだろう、メリハリの効いた、素晴らしいマーラーである。複雑なマーラーの書法、楽器のバランスが見事で、乖離したポリフォニーの音楽がどんどんと一筋の音楽により上げられていく。特筆すべきは、歌詞と音楽の見事な調和。表面的な表題性にとらわれるわけでなく、マーラーが漢詩から汲み取った死生観や美質を内面的なレベルにまで落とし込んで音楽化する。「若さについて」での、快活さの裏にある儚さの描出など舌を巻くほど見事で、ところどころ木管、金管に大胆な表情づけを施すので流れが冗長にならない。同時に、楽章間で流れが寸断される印象もなく、第6楽章まで一筆書きで一気呵成に聴かせる。

以前の日フィルとの『巨人』は、楽曲への共感が何一つ感じられず、時に性急に音楽を進めていこうという焦りばかりが際立って、オケの響きもスッカスカだったのだが、今日は、どうしたことか完全その逆で、同じ指揮者が振っているとはおても思えない。やはり、オペラのキャリアが長いこともあり、声楽つきの音楽の方を得手としているのだろうか。オケとの相性も当然あるのだと思う。

今日の東フィルは、弦、管、打とも鳴りがベスト。マーラーでの4本のホルンの咆哮などは特に見事だった。声楽の2人も素晴らしい。満足のコンサート。

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