エリアフ・インバル指揮 アリス・紗良・オット(p) ベルリン・コンツェルトハウス・管弦楽団 7/10

月曜に引き続いての、インバル/ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団。きょうはいよいよお待ちかねのマーラー5番。月曜日のトリフォニーホールでの1番では空席も目立ったが、きょうの東京芸術劇場はは見渡す限りほぼ満員。前プロはアリス・紗良・オットの弾くモーツァルトのピアノ協奏曲第21番で、こちらの方をお目当に来た人もいたのかもしれない。

モーツァルトは極めてオーソドックスな名演。変なことは一切せず、正攻法で見事に聴かせる。紗良・オットのピアノは美音が際立つようなスタイルではないが、とにかく真摯に弾きこむ姿勢に共感。音楽が誠実だ。以前、五嶋龍とのメンデルスゾーンを聴いた際に実感したが、インバルはコンチェルト伴奏の名手で、見事にソリストに付ける。今日もピアニストを引き立てながらも、弦に思い切った表情を付けるなどして、モダン演奏の王道を行きながら遊ぶ。充実の演奏で、ソリストのアンコールはリストの一曲。紗羅・オットは例によって裸足。

後半はお待ちかねのマーラー。結論から言うと、しっかりの満足した。インバルのマーラーの5番は、2012年にみなとみらいホールで聴いた都響との演奏が度肝を抜かれる凄絶なる大名演で、この演奏はとにかく激烈そのもの、気軽に触ろうものなら大火傷をするような熱量だった。細部はデフォルメの限りを尽くし、フレーズは伸縮自在、マーラーの音楽が血にも肉にも染み渡ったド級の解釈だったのだが、それから一昨年のベルリン・コンツェルト管との演奏、そしてきょうの演奏と時を経るに連れ、徐々に激辛部分はマイルドに中和されて行き、良い意味で中庸で角の立たない演奏に収斂されてきたな、という印象がある。決してつまらないわけではなく、所々見事に爆発し、弦が演歌のこぶしのようにむせび泣くインバル節は健在なのだが、かつてのインバルのマーラーでは、まさに音が文字通り「渦巻く」瞬間がしばしばあった。それはあまり見られなくなった。加齢も原因かもしれないし、もしくはオケの違いもあるのかもしれない。

ただ、やはりインバルのアダージェットは何度聴いても神品で、弦が張り詰めたピアニッシモに至るお馴染みの解釈は、何度聞いても意識が遠のくほどの感動を覚える。第3楽章も、改めて長すぎる、というか終わりどころを逸した音楽のように聴こえたものの、管弦楽を大いに遊ばせる解釈はさすが。

改めて、かつてインバルが聴かせた第1楽章〜第2楽章の奔流のような解釈は凄まじかったなと思い出す。マーラーのポリフォニーの宇宙が眼前に現れ、恐怖を抱くほどオケと聴き手を追い込んでいく鬼将軍のような指揮だった。

そんなかつてのインバルを懐かしく思い出しつつも、今のインバルが聴かせてくれる等身大の味わいを、大切に受け止めたいと思った。

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