大野和士指揮 バルセロナ交響楽団 『トゥーランドット』 7/14

久々にオペラ。お楽しみ演目の『トゥーランドット』で、タイトルロールはテオリンで、大野和士指揮のバルセロナ交響楽団がピットに入るという充実の布陣。悪天候の日曜午後だが、文化会館は大入り満員で蒸し暑いほどの熱気。開演前、上野公園界隈で蕎麦と天ぷらで軽く一杯やり、開演前にさらにグラスワインを引っ掛けて、万全のコンディションで臨む。

結論から言うと、分かりやすい『トゥーランドット』という作品の性格も含めて、ここ最近のコンサート・オペラの中では、個人的には圧倒的に楽しめた。タイトルロールのテオリンはザルツブルクのテレクトラで聴いて以来だが、さすがに迫真の歌唱で突き抜けるような声。カラフのイリンカイというテノールは知らない人で、それほど個性が際立っていたようには感じなかったものの、声量含めて安定している。リューの中村恵理は、歌唱力も演技力も例によって抜群で、まさにリューという役柄にぴったり。カーテンコールでもひときわ大きな声援を浴びていた。

児童合唱含めた合唱のレヴェルも極めて高い。主役陣の心理戦に翻弄される中国の群衆の戸惑いや怒りを、ダイレクトに、時にコミカルに描出する。

主要3役や合唱など声楽陣の水準が極めて高かったことに加え、大野和士が振るバルセロナ響の充実が素晴らしい。音圧は豊かだが、決して歌手陣の声を打ち消さず、うまくハーモニーとなって客席に届く。大野和士の振るオペラをフルで観るのは恐らく初めてのはずだが、個人的にはこれまでの大野の実演の中では一番感銘を受けたかもしれない。春に同じ文化会館で聴いた『グレの歌』も素晴らしかったし、先日の都響定期のラフマニノフも圧巻の熱演だったが、きょうは大野が長年かけて劇場などで培ってきた管弦楽や声楽の統率力が見事に昇華されていた印象だ。

唯一注文がつくとしたら演出で、結論から言うと、まさに舞台の幕切れでトゥーランドットが首を切って自殺したのである。それまでは、舞台装置や演技含めて極めてオーソドックスだったのだが、異変を感じたのは第3幕半ばのリューの自殺後で、首を切って自刃したリューの亡骸が、トゥーランドットとカラフが掛け合い続ける舞台上にそのまま放置され続けていたのである。そこでトゥーランドットが愛に目覚め、めでたく大団円のフィナーレを迎えるわけなのだが、その最後にトゥーランドットの自殺という急展開を迎え、そのまま幕となる。

トゥーランドットも首を切って死んでいったことを思うと、恐らく、主人に忠実なリューという臣下の死をもって結ばれる愛のおかしさという部分にフォーカスした演出だったのだろう。だからこそ、幕切れまで舞台中央にリューの亡骸が意味深に放置されていたのだと納得がいく。それはそれで一理ある解釈だとは思う。が、やはりあのまま素直に幕切れを迎えて気持ちよく拍手したいとの気持ちもこれあり…笑

細部にはあれこれあるものの、日曜の昼下がりに、ちょうどいいサイズの明快なオペラを、一流の演奏家陣に誘われて観劇するというのは、この上ない楽しみであり、最上の贅沢であるなと改めて感じ入った次第。いやはや、楽しかった。


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