大野和士指揮 東京都交響楽団 劇的交響曲『ロメオとジュリエット』 9/16

ベルリオーズの劇的交響曲『ロメオとジュリエット』の実演を初めて聴く。CDなど録音でも聴いた記憶が皆無。名前くらいしか知らない音楽。結論から言って、いかにもベルリオーズらしく鮮やかなオーケストレーションの楽曲であるとは言え、冗長なパートは恐ろしく冗長だと感じた。大野和士は、例によって極めて筋の通った解釈。この人がオケをまとめ上げる手腕には毎度のことながら恐れ入る。

今回、「サラダ音楽祭」とかいう謎のイベントの一環としての公演だったのだが、この「サラダ」とは、歌やダンス…などの英語の略称らしく、そのためか、きょうの上演はバレエ付きだった。調べた限り、本来この曲は「劇的交響曲」で、バレエは付かないのだと思うのだが、結果として、今回はこのバレエがあってとても良かったと思う。というのも、聴けば聴くほど、この音楽は極めて情景描写的かつ叙情的で、バレエの表現がプロットにピタリとハマっていたからだ。

一方、それ故にあたかもバレエ作品のように見えた側面もあり、逆にバレエがなければ、ベルリオーズのオーケストラパートを単体でどれだけ楽しめたのだろうか、とふと考える。というのも、先述のように、例えば愛の場面など、個人的にはかなり冗長な印象を受けたからだ。バレエがあったおかげで、その辺の気を紛らわせてくれた印象がかなりある。

音楽を聴き進めると、どことなしにワーグナーの管弦楽法によく似た部分が結構あるように思う。第1部などの鮮やかな転調は『ローエングリン』のようだし、同じフレーズを何度も繰り返しながら圧倒的な頂点を築き上げる手法は、『トリスタンとイゾルデ』のようだ。調べてみると、やはりワーグナーはこの作品の実演に接し、感銘を受けたという。ただ、「素晴らしい旋律の間に、ゴミの山がある」とも皮肉ったという。僭越ながら、自分自身の感想に結構近い。

大野和士と都響には、最大限の賛辞を捧げたい。大野の演奏には、「これを伝えたい」という指揮者の意志が、気迫を伴って充実している。(ゲルギエフとはまたちょっと趣は異なる)指揮棒をブルブル震わせる独特な指揮法からも大野のエネルギーを恐ろしいほどに感じる。オケのメンバーは大野の指揮や解釈をどう受け止めているのか、一度ぜひ聞いてみたい。客席から聴いている限りでは、両者のコンビネーションは本当に素晴らしいと思う。しのぎを削る東京のプロ・オーケストラでもコンビの良さは抜きん出ており、広上/京響に迫るのではないか。

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