パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK交響楽団 9/20

大好きなマーラーの5番。きょうはパーヴォ・ヤルヴィとN響による演奏。個人的に、このパーヴォ&N響というコンビは実はあまり信用しておらず、というのもスポーティで耳触りはいいのだが、毒にも薬にもならない演奏を披露するという印象があるからだ。勢いで押し通すスタイルがハマった時には良いが、外れた時には肩透かし。とりわけマーラーはその振幅が大きく出る作曲家だと思うのだが、以前聴いたこのコンビの3番は超名演、6番は超がっかりだった。

そして今日の5番。結論としては可もなく不可もなく。個人的には「がっかり」の方が強いかも。ただ、会場は大盛り上がりだった。

ヤルヴィの5番の印象を一言で言うならば、健康的すぎる。もう健康優良児そのもので、推進力は抜群、楽器のメリハリも心地よくつけられていて、アゴーギクやデュナーミクによるデフォルメも要所要所で素晴らしく決まる。第1楽章展開部からの、グッとテンポを落として弦を揺らす意味深な解釈など、なかなか味付けが効いている。しかし、マーラーの音楽におけるデフォルメは、もっともっと突き抜けてほしい。もっと変態、というかド変態になりきって、聴き手を戦慄させて欲しい。マーラーの5番から自分が感じ取りたい感覚は、「恐怖」だ。激烈な響きの音場の中に聴衆を投げ入れ、慟哭や諧謔の限りを、サラダボウルの中の素材をかき回すかのごとく、大胆に、執拗に畳み掛けて欲しいのである。第1楽章冒頭のフォルテで、この70分間の小宇宙のような巨大なシンフォニーの世界に、無理やり引きずり込んで欲しいのである。あまりに的確に拍子を刻み、まるでジムでトレーニングをしているかのようなヤルヴィの指揮は、ちょっと行儀が良すぎる。厄介なのは、基本踏み外しがないので、「ダメな」演奏とは言い切れないところである。この可もなく不可もない感じが、コンサートの感想としては一番困るのである。印象が持続しないのである。

前半はリヒャルト・シュトラウスの『カプリッチョ』から「最後の場」。シュトラウスりしい流麗な音楽で、『4つの最後の歌』を彷彿とさせる音楽。

久々に聴いたN響。上手いのは上手いのだが、なんか行儀よくまとまりすぎている気がする。音が響かないNHKホールだから、あんなに箱庭的に響いてしまうのだろうか。

というこので、きょうも例によって超主情的な感想でした。

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