ロビン・ティチアーティ指揮 森麻季(s) ベルリン・ドイツ交響楽団 10/9

ロビン・ティチアーティ指揮のベルリン・ドイツ響2日目。今日は独墺ものの名曲プログラムで、リヒャルト・シュトラウスの『ドン・ファン』『4つの最後の歌』とマーラーの交響曲第1番。超好みのプログラムである。ソプラノ独唱は森麻季。

ドン・ファンからして、勢いよく立た上ったオケが味のある響きで楽しませてくれる。同じベルリンのオケでも、毒にも薬にもならないマーラーを披歴したベルリン・コンツェルトハウス管とは天と地ほどの差がある。俊敏な獣のように躍動するオケ、夢のような音色だ。バスはオケ全体を包み込み、くすんだホルンの響きはコクが満点。今日はP席に座ったが、オケのど迫力の音色が振動としてガンガン自席に伝わってきて最高にエキサイティング。

続いて『4つの最後の歌』。涙なしには聴けない超名曲だが、こればかりはP席の悲劇で、森麻季の後姿を拝んでばかりになってしまい、その歌声が全然響いてこない。ただ、どちらかというと高音部のヴィブラートが効いたコロラトゥーラ風の歌唱であり、この曲に自分がイメージする、もう少し腰の座った「大人(たいじん)の歌唱」とはやや距離がある。これはティチアーティの伴奏にも言えること。いつもながら、涙が出るほど美しい曲だが、その間合いを噛み含めるというようなスタイルの演奏ではなく、やや健康的な読後感。

そして、いよいよマーラー 。結論、名演である。文句なし。だが、不思議なことに、非の打ち所がなさすぎて、逆に呆気なかった、という複雑な余韻。いやほんと、どこを切ってもエネルギーが充溢しており、オケはすんばらしく上手いし、ティチアーティの芝居の打ち方も見事で、全てにおいてなんら過不足ないのである。「この曲はこうでなければ!」という要素が全て表現されていて、聴けば聴くほど、「うん、これこれ!」という納得感に満ちたりてくるのである。

しかし、不思議なことに、あまりワクワクは出来なかったのである。あまりに見事に解釈がハマりすぎていて、すべてが見事に、言うなれば予想通りに再現されすぎていて、もっと踏み外しを聴きたいという欲望を終演後に感じてしまったのである。

ティチアーティという指揮者は、この2回の実演、および、ハイドン、シューマン、ラヴェル、デュパルクといった作曲家のCDを通して聴いた印象で言うと、相当要領がいい。独墺ものも、フランスものも、見事に形にする。ベルリン・ドイツ響とのコンビで入れたラヴェルのCDを一昨日購入し聴いてみたところ、非常にエスプリとメリハリの効いた解釈で度肝を抜かれた。ドイツのオケとは思えない。非常に要領よく、なんでもこなしてしまう、天才肌の音楽家なのだと思う。オペラの分野でも才能を伸ばしているそうで、次世代を背負って立つ逸材であることは疑いようがない。

しかし、どうも、すべてが様になりすぎていて、うますぎて、この指揮者のもっと底の部分から湧き出る興味・関心を、もっとストレートに聴き手にぶつけてほしい、と思ったのである。これは一昨日のラフマニノフも同じく、である。素晴らしい演奏だったが、どうも突き抜けきれていないもどかしさがあった。

オケは文句なしに力演しており、最大限の賛辞を送りたい。ティチアーティとのコンビも抜群に良いので、この両者であと一歩突き抜けて欲しいと思う。基本的には、大いに「買いたい」コンビである。

アンコールはサティのジムノペディ第1番。

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