ピエタリ・インキネン指揮 アレクセイ・ヴォロディン(p) 日本フィルハーモニー交響楽団 10/27

久々にインキネン&日フィルコンビの演奏を聴く。今シーズンからこのコンビはベートーヴェンのツィクルスを始めたとのことで、今回は交響曲第1番とピアノ協奏曲第1番という爽やかな初期作品が2曲続き、後半がドヴォルザーク交響曲第8番。インキネンは2015年からプラハ交響楽団の首席指揮者も務めるようで、それにちなんだ選曲なのだろうか。日曜午後にサントリーホールにて。休日マチネにはぴったりの名曲プログラム。ソリストはアレクセイ・ヴォロディン。このピアニスト、個人的には新日本フィルとのチャイコフスキーの2番の協奏曲を聴いて以来。

インキネンは、ヴィブラートかノン・ヴィブラートかのオルタナティブなどナンセンスだと言っているようで、今日の1番の交響曲も堂々たる体軀のシンフォニー。ティンパニだけ硬質のバチで叩かせているのが際立つが、弦は豊かに鳴る。毎度のことながら、弦の鳴り方が不安定な日フィルにあって、インキネンが振る時だけは別格の響きがする。インキネンがヴァイオリニスト出身だからだろうか。編成は12型。このご時世、提示部含め全ての反復を省略する演奏はかえって珍しい。このスタイルのベートーヴェン、たしかに美しいのだが、さすがにピリオド・アプローチに慣れ親しみすぎた身からすると、予定調和にも聴こえてしまう。

続くコンチェルトでは、ヴォロディンの圧倒的なテクニックと音楽性に最大限の拍手を贈りたい。インキネンの伴奏はきわめておおらかなテンポで、昔自身が馴染んだイッセルシュテットやシュタインを思わせる悠然たるものだが、ヴォロディンのピアノは弾けるような勢いがあり、タッチが驚くほどクリア。初演された当時の響きとはまったく隔絶された音楽であると思うが、ロシアン・ピアニズムの極地とも言えるような強靭な打鍵と圧倒的なテクニックに終始舌を巻きっぱなしだった。第1楽章のカデンツァで目が回りそうな超絶技巧を披露。アンコールはシューベルトの即興曲第3番。この季節にピッタリの滋味あふれる音楽で、ここでもヴォロディンの音色は恐ろしく磨き上げられていて美しい。

後半はドヴォルザークの8番。個人的には何となく夏に聴きたくなる曲だが、メランコリックな第3楽章などは秋にも合う。

インキネンが振るシンフォニーは、何を振っても「大交響曲」という印象が強いのだが、このドヴォルザークもスケールが大きく立派な演奏だ。オケがフルスイングで鳴っている。ただ、正直自分がこの交響曲に抱いていたイメージとは距離がある演奏だった。第1楽章冒頭の憂愁の旋律から勢いよく第1主題へと流れ込んでいく部分の運び方などは随分重々しく、レガートやテヌートが徹底され、何よりトランペットが強いアクセントで強調されるのだが、ただリズムを添えるだけのようなトランペットの音をこれほど強調させたのはなぜなのだろう?第1楽章は、終始重めの足取りで踏みしめていく趣だったが、そもそも弾むような主題の音楽をここまで重くする必然性がピンと来ず。

第2楽章は美しい。弦をよく鳴らすインキネンの持ち味が生きるし、究極の美メロの第3楽章も同様。こちらのフレージングは、滑らかなにかにも爽やかさをたたえている。そして、こけおどし的な第4楽章では、逆に重々しい足取りがコミカルさを強調する形に響き、これはこれで面白い。

爽やかで叙情的な解釈が多いこの曲にあっても、インキネンの解釈は腰の据わった堂々たるものだ。というか、この指揮者が振るすべての音楽に、そのような印象を受ける。かつてのブルックナーの8番のように、それがハマれば圧倒的な名演になるが、適さない曲ではややまじめ腐った音楽に聴こえてしまうリスクがあり、きょうは後者の印象。この指揮者の実力は十分に認めた上で、これからさらに表現の幅を広げてくれることを期待したいと思う。

なお、インキネン、来夏バイロイトで『指環』ツィクルスを任されるという大快挙。ワーグナーには適性ありそう。日本での演奏会形式上演にも期待。

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