ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 マリインスキー劇場 『スペードの女王』 12/1

ピットに入ったゲルギエフを聴くのは初めてだったが、恐ろしいまでの存在感に圧倒された。マリインスキー劇場の来日公演で、一連のチャイコフスキー・フェスティバルの一環、東京文化会館での『スペードの女王』を観る。

とにかく、終始、歌手、合唱、オケの水準の高さに舌を巻く圧巻のパフォーマンスだった。知っている歌手は、主役ゲルマンを歌ったウラディーミル・ガルージンしかいなかったのだが、全ての配役の歌手があまりにも素晴らしく、驚嘆した。とにかく、それぞれの役がピタリとはまり、舞台全体に恐ろしいまでに統一感がある。

そして、特筆すべきはピットに入ったマリインスキー劇場管が奏でる恐ろしいまでに濃密な音楽だ。冒頭の序曲から、とんでもない音圧がピットからブワッと溢れ出す感じ。ここ最近自分が観たオペラで、これほどまでに雄弁なピットのオケは記憶にない。ついこの間聴いたメトのオケのスカスカな音とは対極的だ。昔ザルツブルクで観たティーレマンの『オテロ』のオケの響きを思い出した(ピットに入っていたのはドレスデン国立管)。フォルテの力強さ、さらに、このオペラ全体を支配する運命的な響きを劇的に表現するのはもちろんなのだが、随所に現れる、弱音での緊張感満載の弦のトレモロなど、神がかっている。背筋が凍りそうなほどの緊張感が劇場を支配する。

そして、すべてを統率するのがゲルギエフで、とにかく、舞台・ピット全体に目配せをする圧倒的な存在感が凄まじい。このマリインスキー劇場は、とにかくゲルギエフの劇場なのだ。きょうも例によって爪楊枝みたいな指揮者をブルブル震わせて難解な指揮をしていたが、あの指揮でよくここまでオケと歌手がピタッと合うものだ。それだけ、ゲルギエフの意図が全ての音楽家と共有されているということの裏返しなんだと思う。

プログラムに書いていたが、マリインスキー劇場では、カバー役の歌手であっても、主役級の役柄に当日急きょ抜擢されるような事が頻繁にあるらしい。若いネトレプコの才能を見出したのもゲルギエフだそうだ。マリインスキー劇場では、若い才能が、「次は自分にチャンスが回ってくるかもしれない」としのぎを削り、自らを高めているのだ。

たしかに、この指揮者は聞いたこともない若い音楽家と頻繁に共演している。発掘力があるのだろう。ダニエル・ロザコヴィッチという、若く素晴らしいヴァイオリニストの存在を自分に教えてくれたのもゲルギエフだった。

『スペードの女王』という、滅多にお目にかからない作品を、ここまで楽しませてくれたゲルギエフ、マリインスキー劇場管、そして歌手陣に最大限の賛辞を贈りたい。演出もオーソドックスで分かりやすいものだった。第2幕、ゲルマンが伯爵夫人と出会う場面の陰影を生かした劇的な表現など見事だ。

なお、客席は、1階席はそれなりに埋まっていたものの、上階席は空席も目立った。野村ホールディングス?かどこかの招待客が多かったようで、財界っぽいオッサンが目立ったが、正直客席のマナーはあまり良いとは思わなかった。ゲルギエフがまだ指揮をしている時のフライングの拍手も目立ったのが信じられない。あと、静謐なアリアの終わりにアラーム鳴らしたアホ。拍手にかき消されたから良かったが、一歩間違えば大事故だった。招待客をやたらとレセプションとかで盛大にもてなしていたが、なんとなく鼻についた。

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