クリストフ・エッシェンバッハ指揮 NHK交響楽団 1/12

ことしのコンサート始めは、エッシェンバッハ指揮のN響で、マーラーの『復活』。エッシェンバッハが振るN響は、おととしのブラームスの2・3番、そしてベートーヴェンの第九と聴いたが、なかなか良かった。この人の仄暗く粘着質な音楽性をよく楽しめた。マーラーではいかに。

きょうのマーラーも、エッシェンバッハ節炸裂である。粘着質なルバートはほかに比べるものがなく、間の取り方も個性的で、とにかく怪僧の面目躍如である。1楽章から、遅い部分での歌い込みはくどいほどにまで強調されて音が渦巻くが、この演歌のこぶしのような表現はマーラーで生きる。N響は、エッシェンバッハのぎこちない指揮スタイルに十分通暁していないのか、ところどころ入りがバラバラにズレる。しかし、ヤルヴィなどがスタイリッシュにマーラーを振ってのける際とはまた違った気合の入れ方を見せる。

2楽章も、とにかく超個性的。テンポは驚くほど遅く、音楽はねちっこく、しかもこれでもかと弱音でかなでられ、不気味ですらある。第3楽章以降は全てアタッカで後続楽章になだれ込む。第3楽章は冒頭の激しいティンパニの叩き込みにビクッと来て、その後の奔流のようなテンポに驚く。第4楽章は、藤村美穂子の独唱ざ秀逸。2階後方に座ったのだが、深々とした歌声がよく届く。

いよいよ終楽章、合唱が登場するまでの激流のような表現は、これまた粘着質に歌い込まれるのだが、おどろおどろしいドラマが貫かれ、トッティの爆発は驚くほどの熱量だ。合唱が静かに加わってから圧倒的なクライマックスに至るまでの描き方も、作為はあるのだが不自然ではない。一方でラストの「復活」に至る一連のドラマは、それまでの表現を踏まえるとそんなに大見得を切ったような印象ではなかった。でも、舞台裏のバンダが舞台上手側に8人加わり、壮麗なパイプオルガンの響きも加味されてのエンディングは、絶望から復活に至ったマーラーの表現への渇望が凝集されて文字通り爆発的に表現されており、聴いていると涙が溢れ出てくるほど感動する。

とは言え、ここ何年かでも、上岡&新日本フィル、マイスター&読響と、どちらかというとスッキリと淡麗な音でこの曲の実演を聴く機会が多かったので、ひさびさに「クドい復活」を堪能できた思いである。

エッシェンバッハは齢80になろうとするそうだ。一時はパリ管とフィラデルフィア管など超一流どころのシェフを兼任していたそうだが、ここ最近では、ワシントン・ナショナル響とベルリン・コンツェルトハウス管などのシェフを務めているとのことで、正直「降格」感がなくもない。オケとの相性、聴き手の好みを選ぶ指揮者なのだと思うし、正直、自分自身もエッシェンバッハの音楽性を手放しで絶賛できるほど、この指揮者の真価を見極められてはいない。ただ、こういう個性派が個性的な音楽を聴かせてくれることは、いまの時代大変貴重なことだと思う。

合唱は新国立劇場合唱団で、いつもながらとても立派。

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