高関健指揮 東京シティフィルハーモーニー管弦楽団 9/7

初めて聴く東京シティフィル。金管などが時折音を外したり、弦の立体感がやや乏しい印象を受けるも、音楽することに対して極めて真摯なオーケストラ。高関健も実演を初めて聴いたが、さすがベテランだけあって、抑えるべきツボをちゃんと抑えている。なかなかの満腹感のコンサート。さらに、まだ年齢割引が聞いたので、2000円でコンサートを楽しめる。とてもありがたい。

前プロは、まずオーケストラ・コンサートでなかなか聴くことのないバッハの『フーガの技法』抜粋から。野平一郎の編曲版で、部分的に弦の編成を拡大。弦はノン・ヴィヴラートを徹底し、それなりの透明感。会場には編曲者の姿も。続いて、編成を大拡大して、シェーンベルクの『管弦楽のための変奏曲』。シェーンベルクの十二音技法での最初期作品だが、この曲も、バッハの『フーガの技法』同様のBACH音型が随所に散りばめられ、なかなか一貫性のあるプログラムである。それぞれの変奏がきわめて短く、音楽の展開がめまぐるしいが、鮮やかに描き分けていく高関の手腕は確かで、シティフィルのテクニックもなかなか。没入はできなかったが、両者のコンビネーションの良さ、さらにオケのテクニックを把握するには十分。

そしてお待ちかねのメインプロ、マーラーの『巨人』。もうくどいほど書き連ねているが、個人的にはこの交響曲が死ぬほど好きだ。マーラーの若書きの熱量が、オーケストレーションにあらん限り詰め込まれ、そして生命を謳歌するかのような美しい旋律のオンパレード。この交響曲のことを考えただけ幸せになる。なので、死臭が漂うような腐りきった演奏や、何が言いたいのかさっぱり分からないような平板な解釈を披瀝されると心の底からガッカリする。そこを高関&シティフィルがどう聴かせるか。期待しつつ、警戒しつつ…。

結論から言うと、心から満足できた。さすが、マーラーをよく振る高関、マーラーのツボを心得ている。ルバートも自然だし、目まぐるしい速度変化も的確にコントロールしてみせ、さらに溜めて歌わせる部分の抑揚もつけるなど、しっかりと解釈が行き渡っている。

第1楽章は、冒頭から弱音への手入れが多少雑な印象で、指揮者はもっと静謐な表現を求めているのでは?という感じがした。そして、自然味溢れる木管の表現があまり際立たず、この辺りもフラストレーション。ところが、終盤での大爆発では、文字通り爆発してくれた。ここを聴くたびに、交響曲作曲家マーラーが、大地を踏みしめて「マーラーここにあり!」と世界に対して戦闘宣言をし、歩み始めるような感覚に陥る。というか、そういう感覚に陥らせてくれるような演奏が好きなのだ。きょうはまさにそんな感じ。

第2楽章は、独特のアゴーギクを効かせて開始。ドゥダメルがロスフィルをこねくり回した演奏と解釈とどこか似ている。きょうの演奏、このアゴーギク深めて、かなり抉りが効いていて野性味があり、好感を抱いた。第3楽章冒頭は、コントラバスが全員で民謡のメロディを弾いた。以前ルイージ指揮のN響も同様だったが、確かスコアの稿の違いではなかったかな。この3楽章も遊びが効くが、そんなに下品ではなかった。

フィナーレは、とにかくフルオーケストラでこれまたしっかり爆発してくれたので、快哉を叫びたくなった。冒頭の嵐も見事で、その後グッとテンポを落として弦の美メロに突入し、「よっしゃ!」という感じだったのだが、ただここで重ねるホルンの拍動が多少大きすぎて、メロディを殺している感じもして、多少残念。しかし、それ以降は劇的な起伏も十二分に描き切ってくれ、非常に明快な高関の指揮のもとオケは力奏し、ハイカロリーな終演。ブラヴォー!

東京シティフィル、またぜひ聴きに来たい。

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