酔いどれ音楽日記―一人の愛好家の独白

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help RSS 3/14 びわ湖ホールプロデュースオペラ『トゥーランドット』公演評(詳述版) 

<<   作成日時 : 2009/03/15 16:43   >>

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 昨日は概括を書いたので、本日は、きっちり、詳述版をしたためる。概括版は、早く書こうと思って、幾分表現が乱暴になっている。本日の詳述版の方が、より的確に私の感想をとらえていただける、と思う。
 
 昨日(3月14日)、びわ湖ホールにおいて、プッチーニ作曲の歌劇『トゥーランドット』が上演された。
 以前、若杉弘が芸術監督を務めていた時代は、ヴェルディの比較的マイナーな歌劇を上演してきたが、芸術監督が、若杉弘から沼尻竜典に引き継がれるに及び、演目も変化。ツェムリンスキーの『こびと』、リヒャルト・シュトラウスの『ばらの騎士』、『サロメ』とドイツ系の演目が続いてきたが、今回は、イタリア歌劇に移った。
 
 私は、『ばらの騎士』以降足を運んでいるのだが、最初の『ばら』公演は、非常に高水準で、とりわけ、緊張感を維持し続けて熱演を披露した、大阪センチュリー交響楽団の健闘が、印象深く脳裏に刻み込まれている。
 
 続いての『サロメ』公演に関しては、いわゆる「読み替え演出」が観客の度肝を抜き、客席が賛否くっきりと分かれたのが強烈に印象に残っている。幕が開くと、そこには謎の女児、そして、すべりだいやブランコといった遊具が並ぶ。テキストでは自殺することになっているナラボートが他殺されたかと思えば、なんと主人公のサロメは自殺する。ヨカナーンはなぜか舞台奥の通路から登場し、地下牢らしきものは見当たらない。極め付けは、「7枚のベールの踊り」。踊りが皆無。サロメが目を両手で覆い隠すしぐさをしたかと思うと、舞台は回想シーンに突入。激烈な舞踊音楽にのって、少女サロメが、一家楽しく団欒を繰り広げる場面が展開する。アイロンかけあり、バトミントンあり、バースデーケーキの登場あり。まさになんでもござれ、だ。
 カーテンコールでの演出家の登場とともに、強烈なブラヴォーとブーイングの応酬が繰り広げられた。私は正直、とても受け入れられる演出ではなかったが、どうもブーを叫びたい気分ではなかったので、押し黙っていた。

 思えば、『ばらの騎士』の演出も、別に「超モダン」ではないものの、舞台上にある謎の「箱」空間の中で、演技を展開する仕組みになっていた。沼尻のびわ湖ホールオペラシリーズは、ひょっとすると、演出家にとっての「実験の場」を提供する企画であるのか?――時を経るにつれ、私はその思いを強くした。

 モーツァルトの歌劇でも、幕が開くと、そこにはオートバイがあったり、全裸の人物がいたりする演出が、かのザルツブルクでも横行するこのご時世。テキスト・原典との時系列のズレなど、何ら問題ではない、新たな、「斬新さ」・「奇抜さ」の提示こそが演出家の機軸になりつつある現在、変わらねばならないのは、私自身なのか。深く、何度も自問自答し、それなりの覚悟はついた。

 演出家が、特定のイデオロギー性を深く演出に内在させ、それが面白く舞台上にて表出されているなら、私は文句は言うまい。その面白さに、感服しよう。

 オペラを音楽として聴く前に、これだけ演出のことを考えておかねばならないのは、間違いなく不幸な状況だとは思うが、そうした覚悟を胸に、びわ湖ホールに足を運ぶ。

 会場は満員。ほんのわずかしか空席がない。確かに、びわ湖ホールの自主公演のこのオペラシリーズは、年2回しかない。関西圏に名門オペラハウスが登場する機会がほとんどない現在、上京せず、それなりの価格(最良席で2万円くらいというのが、一つの個人的指針)でオペラをみられるならば、大津にまで足を伸ばす気になる。大阪からは遠いが、オペラほど贅のかぎりを尽くした芸術は、まず思い当たらない。やはり総合芸術だ。
 実際、「オペラはこうでないと」という熱気が、開演前は充満していた。

 入り口で配られたパンフを開いてびっくり。舞台装置の写真があったのだが、歯車や配管がやたら目に付く、工場のような舞台装置。

画像

(今回の公演のチラシが、これ。背景の写真をご覧頂きたい。) 

 演出家のインタビューを追っていくと、「機械に依存する、とってつけたような世界」を描きたかったそうだ。カラフは権力を取り戻すことを欲してトゥーランドットに惹かれる、という解釈をも語っている。解釈としてはなかなか面白いが、はたしてどんな舞台を描くのか。
 
 指揮者登場。印象的な金管の強奏とともに開幕。巨大な機械のカタマリが動き、その中で労働者が働いている。すると、その機械が左右にわれ、工場のような巨大な空間が出現。
  以前の『サロメ』とどこか似た舞台設計だ。舞台後方には高い壁のようなものがあり、その壁に数箇所か扉があって、そこから人が姿を出したりする。何の意味がある扉かは分からない。
 ティムール、リュ−の登場。ティムール役の佐野泰弘氏は、声質はティムールのキャラクターと十分に重なる。以前の『ばらの騎士』で、なんとオックス男爵を歌っていたらしいのだが、今回の声は、オックスのそれとは違う。恐らく、意図的に声を変えているのだろう。オックスみたいに目立ちすぎてはいけないからか、どちらかというと控えめに、少し押しの弱い歌唱である。
 リューの高橋薫子氏。当初は、少し不安定な歌唱が気になる。このオペラ、リューがヘタでは締まりがなくなり、失敗する。どこまで調子を上げてくるか、見もの、という感じだ。

 沼尻の音楽は、当初からどちらかというと早めのテンポ設定。このオペラ、例えばカラヤンやマゼールのように、冒頭から遅めのテンポを貫徹し、叙情性に光を当てようと試みる演奏も多い一方、モリナーリ=プラデッリやセラフィンのように、早めのテンポ設定により、白熱のドラマを生み出そうとする演奏も存在する。沼尻の指揮は、どちらかというと後者のような表現を志向しているようだ。その意図は、劇的な「砥石をまわせ」の部分で一層顕著となる。
 ただ、この指揮者の問題点として、指揮棒を「振り回しすぎる」傾向があることがあげられる。この問題点に関しては、以前某新聞のコンサート評においても触れられていたのだが、指揮棒を常に大きく振り回すと、デュナーミクの自在闊達さが大幅に犠牲になることを忘れてはならない。『サロメ』においても感じたことなのだが、どちらかというと経過的な性格に過ぎない楽句でも、沼尻の指揮は、最強奏をあおるかのような振幅の大きさなのだ。だから、例えば、サロメがヨカナーンの唇に接吻し、オーケストラがトゥッティで強烈な強奏を示すクライマックスシーンでも、迫力不足に感じたりする。

 『トゥーランドット』は、奇しくも沼尻自身がインタビューにて語ることであるが、音楽自体にきわめて先進性が色濃い。冒頭のファンファーレも調性が曖昧だし、トゥーランドットの超絶技巧のアリアなども、音程の跳躍、転調が顕著だ。だから、聴き手は、音楽だけ聴いていても、しばしば戦慄する瞬間に出くわすはずなのだ。だが、昨日の公演では、そのゾクゾク感が、音楽に足りない。

 さて、舞台のほうに話を戻そう。どうも奇妙なのは、装置だけ斬新なわりに、演出が筋書き通りで、比較的普通だ、ということである。衣装も、兵士や役人、ピン・ポン・パンが戦隊ヒーローものに出てくる悪役みたいである割に、主要登場人物は、中国風であるのだ。カラフも。ティムールも。第1幕終盤、カラフが銅鑼を3度鳴らす場面。舞台上に銅鑼がなかったのはご愛嬌として、銅鑼の音がなり終えると、舞台後方の壁が左右に開き、遠方にトゥーランドットが住む城が姿を見せるのである。
 正直、このシーンはあまりの陳腐さに苦笑した。まるで、スーパーマリオをやっているかのようだ。「とうとう次はクッパの城だぜ!」と、コースを攻略していくような陳腐さではないか。
 何のための歯車なのか、何のための配管なのか。このシーンにより、演出家の意図はますます不明瞭になった。

 歌手に関して。第1幕最大の見せ場の一つが、リューによる情感豊かな名アリア、「ご主人様、聞いてくださいませ」である。当初、声に不安定さを残した高橋氏も、ここでは弱音にまでニュアンスを存分にこめた名唱を披露。本調子を出してきたようだ。まさに、リューにピッタリの可憐な歌声。スザンナやツェルリーナ、もしくはムゼッタなどをやったら抜群だろう。名唱の後、ブラヴォーの喝采を浴びていた。

 カラフの福井敬氏、この日の公演の実質的な中心人物であり、大黒柱であっただろう。豊かな声量で聴衆を圧倒する。感情表現もきわめて豊か。
 それにしても、このカラフという人物、全くもって自分本位で頭が弱い。いわゆる、「アホ」である。気の毒だが、テノールは往々にしてこのような役柄を背負っていく宿命となっている。福井氏は、風貌は知的であるのだが・・・。

 第1幕終演。カーテンコールはなし。これは劇場側の意図のようだ。

 第2幕。第1幕冒頭部と同じ、機械の舞台装置が置かれており、そこで労働者たちが労働に勤しむ。仮面ライダーに出てきそうな衣装のなぞめいた登場人物の舞踊とともに、ピン・ポン・パンのやりとりが繰り広げられる。彼らが故郷ホーナンを懐古する音楽は、この3人のコミカルなキャラクターの割には、かなりロマンティックで、美しいものだ。このピン・ポン・パンも、『トゥーランドット』においてはなくてはならない役柄で、随所にて重要な役割を果たす。舞台の引き締め役のような立ち位置でもある。だから、下手くそであっては困るのだが、今回の3人、まずまずの歌唱。まだまだ発展途上だと思うが、健闘が伝わってはきた。
 再び機械が左右に分かれると、舞台中央は大きな階段状の構造となっており、頂上にアルトゥムが座る。
 皇帝をたたえる合唱に引き続き、トゥーランドットのアリア。超絶技巧の難曲だ。並河寿美氏の声は、まさにドラマティックソプラノのそれ。強靭な声である。タイプとしては、ビルギット・ニルソンのトゥーランドットというより、私が実演で聴いた、エヴァ・マルトンの声に近い。ビブラートの振幅がきつく、音程的には少し曖昧だが、声の強靭さで切り抜けている、といった歌い方だ。
 その割に、並河氏はまだ声量が少し足りていない印象をももった。確かに、カラフ(しかも、福井敬氏)の声と競合するのは、女声には厳しい。だが、メトのライヴでのマルトンなど、ドミンゴの声に全くひけをとらない。
 トゥーランドットとは、それだけ難しい役柄であるわけだ。
 ということで、トゥーランドットとカラフの例の「なぞなぞ」部分は、いささかカラフの優勢が際立ちすぎた印象だ。また、謎かけの答えを巻物で示す役人が、炊飯器のような形のかぶりものをしていたのには笑ってしまったが。
 第2幕終演後もカーテンコールなし。

 第3幕、「誰も寝てはならぬ」からスタート。あまりにも俗化していて、どうも素直に聴けないのが辛い。しかし、福井氏、貫禄十分。さすがの歌唱だ。
 ちなみに、舞台装置は、第2幕のものと同じである。左右に割れた機械にはさまれる形で、舞台中央に大階段。 
 さて、昨日も述べた、今回の演出の最大の問題点、リューの死の場面だ。群集とトゥーランドットに問い詰められ、自殺するはずのリュー。しかし、なんと兵士たちにより刺し殺されるように死んだではないか。このリューの死に方は、東洋の自己犠牲の精神を表現したものだ、といった解釈もあるが、とりあえず、ここに関しては、演出家の真意が読み取れなかった。ひょっとして、『サロメ』以来、「自殺の設定の人は他殺、他殺の設定の人は自殺」のような演出界の慣習が、このびわ湖ホールにはびこっているのだろうか。それにしては、今回はあまりに生ぬるい。
 ちなみに歌唱面であるが、高橋氏のリューは、今回の公演で最も大きなヒットの一つだった。

 「トゥーランドットとカラフに愛が芽生えて、これまで機械・ロボットのように動いていた人々が、スムーズに小走りできるようになる――つまり、機械の世界に人間性が息づいた」ということなのだろう。最後は、これまでロボットのようにたどたどしく動いていた兵士や群集が快活に行進し、高らかに皇帝万歳を歌い上げる。
 なんとも、単純で分かりやすい演出だ。
 だからこそ、今回の演出はいけないのだ。主張が「ある」ようでいて、ほとんど「ない」も同然。とりあえず、すべての発想の原動力は、映画『メトロポリス』だけだ、といったかんじで、説得性も乏しい。中途半端というのが一番面白くないし、後味が悪い。

 歌手陣、指揮者に関しては前述したとおり。最後まで印象は変わらず、といった具合だ。とりあえず、指揮者の大きな身振りが、京都市交響楽団の表現の可能性を、大幅に減じているだろう。
 カーテンコールは冷ややか。リュー、カラフ、トゥーランドットに対しては惜し気もなくブラヴォーが飛ぶが、袖に引っ込むと、拍手がすぐにやみそうになる。終演後、そそくさと家路につく人も多数。あの生ぬるさじゃ、仕方ないわな。
 
 そういえば、演出家の粟国氏は、休憩時間や開演前から、ホールのロビーや客席中を行ったり来たり歩き回っていた。やっぱり、演出家もオペラ上演の要。そんなに偉い人が、開演前から観客と一体化していると、感興がそがれてしまう。できれば、客席にじっとしているか、舞台裏に控えるかしておいた方がよかったと思う。
 
 ものすごく多くの人手が携わっていることは分かるが、それでも、今回の1万6千円というのは、高い、という気分。
 このプロダクションは、二週間後(3/28・3/29)に、神奈川県民ホールにて同キャストにて再演されるそうである。

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プッチーニ「トゥーランドット」
<神奈川県民ホール・二期会・日本オペラ連盟共同制作> 2009年3月14日(土)14:00/びわ湖ホール ...続きを見る
オペラの夜
2009/03/20 10:44

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コメント(1件)

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大いに賛同します。
通りすがりの酔っ払い
2009/03/16 02:47

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