酔いどれ音楽&読書日記―一人の愛好家の独白

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zoom RSS 【CD評】ワレリー・ゲルギエフ指揮 マリインスキー劇場管 チャイコフスキー 交響曲第4番 ほか

<<   作成日時 : 2016/12/25 16:01   >>

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気まぐれでCD評を。先日の日ロ狂騒曲に影響されてか、最近無性にチャイコフスキーが聴きたくなる。特に交響曲の4番が聴きたくなる。こんなに土臭いのに、どこか洗練されていて、むき出しで感覚に迫ってくる音楽は他にない。特に第1楽章が最高だ。雪道をひたひたと歩くような第2楽章も心に迫る。4番には、5番のような人工臭もないし、6番のようなネクラな感じもない。最近、そんな4番の新譜が出たというので、手に取ってみた。ゲルギエフとマリインスキー劇場管による、メイド・イン・ロシアのCDだ。

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再生装置に掛けたら、ぶっ通しで一気に聴けた。これは面白い。良くも悪くも、「これぞゲルギエフ!」という演奏だ。音楽はムラだらけなのだが、「ここぞ」というところの大芝居は胸を空くようで、快哉を叫びたくなる。

聴きどころは、やはり第一楽章だ。冒頭主題、この雑な処理は一体何だ。金管の音は空虚で、リズムの詰めは甘い。弦もつまらなさそうで、チャイコフスキーの運命主題が泣いている。ゲルギエフは、この運命主題には全然思い入れがないのだ。ところが、思わせぶりに奏でられる第一主題は極度に遅く、のけぞりそうになる。音楽は一転速度を速めるが、その後も、テンポは目まぐるしく動き、時代がかったポルタメントに再びのけぞる。徹底的にゲルギエフの主観で切り取ったチャイコフスキーで、雑な部分はすこぶる雑だが、拡大解釈する部分は徹底している。

もう一つの聴きどころは第2楽章だ。ここは、指揮者の解釈の見せ所だ。ロシア的に、写実的に、寒々しい情景描写をすれば、こんなに夢幻的な音楽は他にないからだ。ゲルギエフの演奏は、これ以上ないほど幻想的だ。寒々としている。弦の弱音は、ロシアの広大な雪原を思わせる。「そんなの偏見だ」と言われるかもしれないが、なんだかんだ言っても、やはりロシア人指揮者とロシア人オーケストラには、彼らにしか分からない「肌感覚」を音楽で表現して欲しいのだ。それが人間の性ではないか。

チャイコフスキーが「ほろ酔い」と評したという第3楽章のふざけた感じも楽しいが、第4楽章の土臭い狂騒は、ウォッカを飲んだ酔っ払いのどんちゃん騒ぎで、これまた最高に楽しく、感覚的だ。計算づくの理性なんて、この際どうでもいい。突出した明るさのなかに、刹那的な空虚さが恐ろしほど漂っている。身震いしそうだ。

徹頭徹尾、楽しめた演奏だった。マリインスキー劇場管の音は、終始どこか仄暗い。なお、併録(むしろ、おそらくこちらがメイン)の『くるみ割り人形』は、「花のワルツ」と「パ・ド・ドゥ」しか聴いていないからノー・コメント。ただ、やはりこの仄暗さは、ただ事ではない。

「ロシア人のチャイコフスキー」で、もう1枚。
新譜ではないが、ことしたまたま出会ったCDで、忘れ得ぬ演奏がある。オレグ・カガンという夭逝のヴァイオリニストが弾いた、チャイコフスキーのコンチェルトだ。魂が燃え尽きるような凄演で、スピーカーの前で金縛りにあってしまった。衝撃の1枚だ。

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カガンは、1948年、サハリンのユジノサハリンスクの生まれで、1966年のチャイコフスキーコンクールで、ヴィクトル・トレチャコフに次いで2位になった。1990年、癌のため43歳の若さで没している。

そんな文字情報をさておいて、百聞は一見にしかず、ぜひこのチャイコフスキーを聴いて欲しい。カガンは、魂をすり減らし、肉体を切り刻んでヴァイオリンを弾いている。晩年のテンシュテットの指揮に通じる、完全燃焼、没入型の演奏だ。聴いている側が、カガンがあまりにも燃え盛ったヴァイオリンを弾くので、恐怖感すら覚える。健康的な野趣などみじんもなく、青白く病的に燃える炎のようだ。こんな演奏をしているから、命をすり減らしたのだとしか思えない。

伴奏は、カヒーゼという指揮者が振るモスクワ・フィルだが、カガンに触発され、剛直で素晴らしい伴奏だ。チャイコフスキーのコンチェルトは、ヴァイオリンばかり目立って、フニャフニャと情けない伴奏をする演奏も多いが、これは違う。

チャイコフスキーのヴァイオリン・コンチェルトは大好きな音楽なので、話題の新譜・コパチンスカヤ盤含め、様々な音源を買い集めてきた。しかし、カガン盤を聴いてしまうと、他のどの演奏を聴いても、音楽が素通りしてしまうようになった。カガン盤は、ヴァイオリニストの慟哭だ。そう容易く聴き流せるような演奏ではない。

あえて1枚、カガンに比肩しうる演奏を挙げるなら、コーガン盤だ。言わずと知れた大名盤だが、今聴いても目が醒めるように鮮烈なチャイコフスキーだ。シルヴェストリの伴奏も悪くないが、あくまで主役はコーガンで、役者が違いすぎる。恐ろしいほどに攻撃的で、コーガンのヴァイオリンの妙味を味わい尽くせる。

コーガンが、音楽を挑発的に弾いているとすれば、カガンは音楽にのめりこみ、魂を燃やしながら弾いている。

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