ピエタリ・インキネン指揮 ペッカ・クーシスト(Vn) 日本フィルハーモニー交響楽団 6/15

超天気が悪い中、多少行くか逡巡しつつも、覚悟を決めてみなとみらいホールへ。久々に当日券。インキネンのシベリウスを生で聴きたかったからだ。日本フィルの横浜定期。シベリウスの名曲プログラムで、『フィンランディア』に始まり、ヴァイオリン協奏曲、そして交響曲第5番へと続く。ヴァイオリンのソロはペッカ・クーシストで、名前しか知らなかったが、聴いてびっくり。とんでもない天才ヴァイオリニストである。

冒頭の『フィンランディア』、言わずと知れた大名曲で、もうのっけから涙なしには聴けない…かと思いきや、この日、自分の隣に座ったじいさんがとにかくマナー最悪で、太った巨体を揺らしながら指揮マネをするから、イスが揺れる揺れる。さらに、フレーズの切れ目ごとに指揮者の真似事で息を吸うものだから、呼吸音がめちゃめちゃうるさい。さすがにしびれを切らして「じっとしてくれ!」と言ったら、「すまんすまん」といったそぶりを示すものの、まったくやめる気配がない。とんだ大迷惑…。

続くヴァイオリン協奏曲、じいさんは極力無視し(ただ結構臭ってくるのだが)、音楽に集中を試みる。すると、このヴァイオリニスト、1音目からただ者ではない。静謐なオケのトレモロに、スッと重なってするような、透明な音。限りなく清澄である。言語を絶するほど美しい。肩の力が完全に抜け、まさにシベリウスの音楽語法そのものを体現するかのように、散文的な音楽を紡いでいく。インキネンとの呼吸もすごくよく合っている。終楽章の超絶技巧も、ちょっとあえて崩すような余裕を見せながら、オケとの掛け合いを楽しむ。クーシストの恐るべき音楽性とテクニックに酔いしれる30分。

アンコールに弾いたフィンランド民謡の農民舞曲みたいな曲がこれまたものすごく、ハンガリーのロマの舞踊のように緩→急へと加速したいって最後は悪魔が踊り狂うようになるのだが、たった1つのヴァイオリンという楽器からこれほどまでのニュアンスが出るのかと驚嘆。今にも客席から手拍子が自然発生しそうに。

すると、アンコールにもう一曲、今度はバッハのパルティータ。またこれが、とんでもない超絶的な名演奏で、もはや空気と一体化しているかのような高潔で澄んだバッハなのである。あらゆる言語的な修飾がバカらしくなるほどの美しさで、息を飲むしかない。張り詰めた緊張感が支配音楽の最中、よこのジイさんが突然、「すごい技巧だ!」と感想を叫んだので、さすがに「シーーーッッッ!」と言ってしまった。かなわん。それにしてもクーシスト、若いのかと思ったら、もう42歳くらいの中堅らしい。

休憩を挟んでシンフォニー。セカンド・ヴァイオリン最後列にしれっとクーシストが座り、客席からは笑い声。5番を実演で聴くのは久々。

シベリウス自身の50歳記念の音楽ということで、祝典的な性格とは言われるが、やはりその語法はシベリウスそのもので、独墺のソナタ形式の交響曲とはまったく趣が異なる。スケルツォの性格を併せ持ったような第1楽章から、インキネンの解釈は例によって腰の座ったもの。ちょっとティーレマンっぽいところもあるその指揮は、とにかくオケを余裕を持って響かせ、その響きを持続させることを志向しているものなので、とりわけ弦が豊穣に鳴る。弦のこの響きは、日フィルではやはりインキネンが振る時特有のものである気がする。彼がヴァイオリニスト出身ということも関係しているのだろうか。自身みなぎる堂々たる威容を示しながら終曲。

シベリウスの音楽の余韻は、やはり独墺のロマン派やチャイコフスキーを聴いた後とはまったく違う。コース料理を食べた後、というよりかは、とにかく純度の高い名水で作った淡麗な日本酒を冷やで飲んだ後味、みたいな感じかな。

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