マーク・ウィルグワース指揮 東京交響楽団

今年は『巨人』を実演で聴く機会が多い。個人的にはおそらく7回目。たぶん、食傷気味の人も多いとは思うが、個人的には何度でも聴きたいくらい好きな交響曲なので、ありがたい。本日はサントリーホールにて、マーク・ウィルグワースという指揮者が振る。個人的には知らない人。

前半のモーツァルトのピアノ協奏曲第24番は仕事の都合で聴けず。残念。ピアニストのアンコール、バッハのパルティータ第2番のカプリッチョだけ聴けた。なかなか瑞々しい音色で良かったと思う。

後半は『巨人』。これが、なかなか良い。東響の音色は澄んでいて、クリアに響く。とても清潔感がある。特に、木管や金管の響きを際立たせ、弦はたゆたうように、ボヘミアの草原を吹き抜ける風のように、爽やかに響く。弦と管が輪唱するかのように聴こえて、ポリフォニーの妙味としても楽しい。なかなかセンスがいい指揮者だと思う。下手な指揮者が振ると何がやりたいのかさっぱり分からないまま過ぎて行く第1楽章がこれだけ味わい深いのだから、後続楽章に期待が高まる。

第2楽章、これまた面白い。冒頭のヴァイオリンの切り込みに微妙なクレッシェンドをつけたり、その後のテーマの管楽器の節回しなど、細かな遊びがきわめて効果的。これは名演の予感!

ところが、こればかりは本当に腹立たしかったのだが、きょう右隣の席に座っていたオバハンが、演奏中ずっと組んだ手の親指をクルクル回し続けていて、発狂しそうなほど目障りだった。よっぽど「やめてくれ」と言うおかと思ったが、目を閉じて聴き入っている様子だったので、控えた。

いつもコンサートの度に思うのだが、演奏中にずっと指揮マネをしたり身体を揺らしてリズムをとる人が結構おり、個人的には本当に目障りで気が散る。クラシックのような繊細な類の音楽の実演では、微妙なテンポの揺れやブレスが大きな演奏効果をもたらす事があり、自分は息を飲みながら音楽の推移に耳をすませている。そんな時に視界に雑情報が入ると、いっきにテンポ感が揺らぎ、音楽への注意力が削がれてしまうのだ。こればかりは「細かすぎる」と指摘を受けそうなのだが、いつももどかしい思いをしている。

それもあったのか、第3楽章以降、あまり音楽に入れこめなくなった。冒頭のコントラバスは8本すべてで弾かれる。それ以降、色々と工夫は凝らされるのだが、とりたててハッとさせられる印象はなく、第4楽章もあまり気持ちが入り込まなかった。

このウィルグワースという指揮者は、センスはきわめて良い。何度も東響に呼ばれる理由はよく分かった。全楽章通じて、テンポ設定は絶妙。細部への描き込みにも事足りない。ただ、表現の引き出しがある程度お決まりのパターン化されていて、途中でだんだん想像がついてきて、個人的にら少し飽きてしまった。

いずれにしても、『巨人』を何度も聴けるのは幸せの限り。

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